第五百十五話 四年目の授業
わたしは掲示板の前で、自分の目が信じられず立ち尽くしている。
「まさか……」
両隣にいるセレーナとリーゼロッテも、同じように掲示板を見上げている。
「まさか、また一緒のクラスになれるなんて!」
わたしは二人の手をとって、喜びの声を上げる。
「よかったわね! みんな期末試験頑張ったもの」
そう言うセレーナに、
「しかし、それだけではないような気もするな」
とリーゼロッテ。
「ひょっとしたら、ガーナデューフ校長が気をきかせてくれたのかも……」
「なんでもいーよ! 三人一緒なら!」
わたしはリーゼロッテに抱きつく。
「ははは、そうだな」
後で確認すると、リーズとチコリも同じクラスになれたようだ。
あるいはリーゼロッテの説が正しいのかもしれない。
◆
魔法学校四年目の授業は、今までより難易度が上がり、より実践的な内容になった。
炎の魔法、水の魔法、氷の魔法に時の魔法。
治癒魔法、補助魔法や強化魔法など……
基礎的な魔法は覚え終わり、これからはそれをいかに使いこなすか、という段階に入っている。
座学と実技が半々くらいの割合で、授業は進む。
授業後、
「ミオン、ちょっといい?」
「なあに?」
「炎の魔法と氷の魔法をすばやく交互に撃つことってできるかしら」
その言葉に、わたしは少し考え込む。
「魔力を変換するイメージが真逆だもんね……考えてやってちゃ間に合わないと思う。やっぱり体に覚え込ませることかな? 反復練習だよね」
セレーナは前よりも熱心に魔法の勉強をするようになった。
それが、ユンヒェムのことと関係しているのかどうかは分からない。
薬草学についても、今までよりレベルが上がり、上級魔法薬と呼ばれる薬を合成する実習などもあった。
薬草の調合は頭を使わなくてはならない。
「もー! なんでうまくいかないの。リーゼロッテ、教えて~!」
「ミオン、ちょっとは自分で考えるんだ」
(リーゼロッテの言う通りニャ)
にゃあ介が同意する。
(まず自分で考えるようにしないと、何も身につかニャいぞ)
「むー……。わたしはやっぱり魔法の方が得意だぁ」
◆
新学期が始まってまだ間もないある日の昼休み。
わたしたちが食堂での昼食を終え、廊下を歩いていると、女の子の生徒が、羊皮紙を抱えキョロキョロと辺りを見回している。
「どうしたの、あなた?」
「次の授業の教室がわからなくて……わっ、セレーナせんぱい!」
どうやら新入生の女の子のようだ。
「相変わらず有名人だねぇ、この、この」
脇腹をつんつんするわたしを無視して、セレーナが女の子に訊ねる。
「次の授業は何の科目なの?」
「あの、白魔術の授業です」
くりくりとした目に、赤毛の、背丈の小さなその少女が答えると、
「白魔術なら、二階のつきあたりの教室だよ」
とチコリが女の子にそう教えてあげる。
「あっ! チコリせんぱい! ありがとうございます!」
そう言って少女はぺこりと頭を下げる。
「え、あ、あたし? せ、せんぱい?」
チコリは戸惑っている。
少女は頭を上げてチコリの姿を見ると、
「はい、チコリせんぱい。あのぅ、チコリせんぱいのその服……すてきですね」
「そ、そう? ありがとう」
少女はチコリのメイド服をじろじろと見て、
「私、ルビって言います。……チコリ先輩はメイドなんですか?」
「あ、あの、えと」
先輩という言葉に過剰反応して、しどろもどろになっているチコリ。
わたわたしているチコリに、わたしは助け船を出す。
「そうだよ! チコリはセレーナのメイドなんだ。ちゃーんとお給料も貰ってたんだから。いわば、プロのメイドだよ!」
「み、ミオン」
「そうなんですね!」
ルビは目をキラキラさせると、嬉しそうに、
「私、一人前のメイドになるために、家事に役立つ魔法を学びに魔法学校に入学したんです。チコリ先輩! メイドのこと、色々教えてください!」
と頭を下げる。
チコリはまだ口をぱくぱくしている。
「あ、もう行かなきゃ……! せんぱい、ありがとうございました!」
そう言って女の子はもう一度頭を下げると、二階へ続く階段の方へ廊下を走っていく。
「やっぱり、新入生は初々しいねえ」
わたしはその後ろ姿を眺めながら言う。
隣を見ると、チコリがまだ口を開けたまま突っ立っている。
ようやく我に戻ったかと思うと、
「……ねえミオン、聞いた? あたしのこと、チコリせんぱいだって!」
と頬を紅潮させて、興奮気味に話す。
その様子がおかしくて、わたしは笑ってしまう。
「あたしが先輩! どうしよう、ちゃんとせんぱい務まるかな? 話し方、子供っぽくないかな? ああ、もっと背が高かったら……」
「まあまあ、落ち着いて、チコリ」
初めて後輩ができて、わたわたと落ち着きなく動き回るチコリを、わたしたちは微笑ましく見守るのだった。
 




