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第五百十三話 葬儀

 扉を開けたのは、セレーナだった。


「ミオン、リーゼロッテ」


 彼女は、わたしたちに呼びかけると、部屋の中へと入ってくる。


「セレーナ……」

「心配かけてごめんなさい。私は大丈夫よ」


 しっかりとした口調だった。

 セレーナの顔つきは凛として、目には強い光が宿っている。


 リーゼロッテが言う。


「心配してないさ」


 なんでもないみたいに彼女は微笑む。

 今度のリーゼロッテの台詞には、確信がこもっていた。


「セレーナは強い」



 そう、セレーナは強い。


 なぜなら彼女は、なにをなすべきか、わかっているから。




   ◆




 ユンヒェムの葬儀が執り行われたのは、王都に戻ってから数日後の事だった。

 王家からの正式な、第二王子の死の報せに、人々は涙し、街じゅうに沈痛な空気が流れた。


 葬儀は、ユビル王の回復を待って、グランクレール大聖堂にて行われた。


 ユンヒェムの棺には、遺体のかわりに、彼が戦場で使用したことのある剣が納められた。


 いくら大聖堂が広いとはいえ、誰もが参列できるわけではない。

 王族と、位の高い貴族や、騎士団長など、限られた者だけが参列できる。


 そんな中、婚約者であるセレーナは当然だが、わたしたちも友人として参列することを許された。



 寒いけれど晴れていて、静かな日だった。

 教会の壁のステンドグラスから、光が注いでいた。


 後方の末席に列していたわたしは、王族席へ目をやる。


 ユビル王は椅子に腰かけ、微動だにしない。

 国境遠征前よりも少し年を取ったように見えた……いい意味でも、悪い意味でも。


 そして、前王妃さま。

 ユンヒェムの母の視線の先には、亡骸も持たぬ我が子の棺。

 夫である王を亡くし、そしてまたいくらも経たぬうちに息子を失ってしまった彼女の心情は、どれほどのものだろうか。


 そのとなりには、セタ王子の姿があった。


「セタ王子……」


 昨日、セタ王子と話した。




  「ごめんね。お兄さんを守れなくて」


   そう話すわたしに、彼は、


  「いいえ」


   と首を振る。そして、


  「ミオンさんたちのせいではありません」


   そうセタ王子は言った。


  「国を守るためなら、もう一度やり直したとしても、兄は同じ選択をするでしょう」




 いま、王族席のセタ王子は、じっと棺を見ている。


 もう戻らないユンヒェムの棺。

 尊敬する兄の棺を。




   ◆




 式の最後に、王の言葉があった。


「……勇敢な弟よ」


 人々は静まり返り、王の言葉を待つ。


「我が弟ユンヒェムは、その身を以て、王である私を守った」


 王は、棺に向かって語りかける。


「ユンヒェム。そなたの献身が、この国を救うだろう。そなたの勇気が、この国を百年、千年と栄えさせるであろう」


 王は続ける。


「ユンヒェム。そなたに感謝と祈りを。そなたは英雄だ」


 そう話す王の様子を、セレーナは、じっと見つめている。

 真っすぐ前を向くセレーナの口元は、強く結ばれている。


 王は言った。


「そなたの石碑を建よう。我らの王国を見守っていてほしい」


 皆が祈りをささげる。

 教会の鐘が厳かに鳴った。




   ◆




 静かな日が続いた。

 木々や鳥たちまで、ユンヒェムの死を悼んでいるみたいに思えた。


 街は、沈黙の中で悲しみを抱えていた。

 冷たい風が頬を刺し、その痛みをさらに深める。


 静かで、冷たくて、寂しい時が流れていく。


 しかし、やがて雪も解ける。

 木々の枝には、小さな芽が顔を覗かせる。

 寒さが緩みはじめ、風は春の気配を連れてくる。


 そして――


 魔法学校では、まもなく新学期がはじまろうとしていた。


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