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第五百九話 突破

 騎兵隊が魔族軍の海を突き進む。


 押し寄せる魔物の群れの中を、騎兵隊は剣と槍を突き立てながら弾丸のように進む。

 馬たちは地面を蹴り、倒れた者を越えて進軍する。

 敵軍の反撃が飛び交う中、混沌とする敵陣を切り裂いて走る。


 左前方から黒い馬に乗った男が、疾走するわたしたちの一団に接近する。

 黒馬を走らせながら、魔族の男が八尺もある槍を騎兵へと振り下ろす。

 兵が盾を構える。 


「ぎゃあっ」


 魔族の槍は、兵を盾ごと破壊する。

 落馬した兵は、魔物の海に呑み込まれていく。


「魔族に構うな! 速度を保て!」


 また魔族の槍が一人の胸を貫くが、後続の騎兵は脇目もふらず駆け抜ける。

 


 馬が川へと飛び込む。

 国境の川だ。

 まだこんな所なのか、という焦燥の中、必死に馬にすがりつく。


 馬たちが浅瀬を駆け抜ける。

 混乱の中、馬の蹄が川底を蹴り上げ、水しぶきが舞う。


 水の抵抗と疲労で、馬の脚が鈍る。

 騎兵が疲れた馬をせきたてる。

 馬たちは荒い息を吐きつつも、蹄を力強く踏み出し、水しぶきを上げて駆け続ける。


「くっ」

「ぐあっ!」


 ひとり、またひとりと兵が倒れていく。


 仲間が敵に追いつかれ、馬上から弾き飛ばされていく。

 だが、立ち止まるわけにはいかない。


 馬たちは泥まみれの蹄を必死に動かし、浅瀬を抜けて砂地に踏み込む。

 全力疾走を続けるアルジェンタムの脚は疲労で重くなり、汗まみれの体から蒸気が立ち上る。

 息遣いは荒れ、土埃が視界を曇らせる。

 それでも生き残った者たちは必死に走り続ける。


 馬も兵も限界が近い。

 遠くの霞の中に砦の城壁がうっすらと見える。


「もう少し、もう少しなのに……!」


 酸欠で頭ががんがんと痛む。

 砂埃の混じった汗が目に流れ込む。

 振り落とされまいと手綱を握る手のひらは悲鳴を上げている。


 兵士たちは疲労で姿勢が崩れ、剣を握る手が震える。


 魔族軍が迫る。

 矢が射かけられ、槍の攻撃が襲う。

 なんとか盾で防ぐが、動きが鈍り始めた部隊は隙を突かれ、次第に崩れかけている。

 砦はまだ遠く、兵士たちは速度を上げることもままならない。


 敵の包囲が目前に迫っていた。


 先頭を行くユンヒェムが走りながら速度を落とし、王を抱くラウルの横につける。


「――王を頼む」

「ユンヒェム殿!?」


 驚くラウルに、ユンヒェムは言う。


「僕が敵を引きつけて道を開ける。その隙に逃げるんだ」


 ラウルの後ろを走るセレーナが声を上げる。


「ユンヒェム、何を!?」


「みてごらん。僕の鎧を。王と同じように金ぴかだ。きっと魔族は引きつけられる」


 わたしたちは皆、ユンヒェムの言わんとしていることを即座に理解した。


 自らが囮となる。


 ユンヒェムの言葉に、空気が凍りつく。

 誰もが彼の覚悟を感じ取り、反論する言葉を失っていた。


 しかし、ただ一人、セレーナだけは違った。


「だめよ!」


 セレーナは言う。


「ここであなたがいなくなったら、国はどうなってしまうの!?」


 ユンヒェムは答える。


「仕方ないんだ。切り抜けるには、これしかない」


 そうしているうちにも、後続の兵の一人が魔族の矢を受け、倒れる。


「先王を失ったばかりの国が、今また王子を失うのがどういうことか、わかるでしょう!?」


 またひとり、兵が倒れる。


 ユンヒェム隊の兵たちが、走りながらユンヒェムへと馬を寄せる。


「ユンヒェム様、――我々も供に」


 ユンヒェムは、自分の隊の兵士たちの目を見る。

 皆、死を覚悟でユンヒェムについていく気だ。


「ありがとう」


 ユンヒェムは言う。


「だめよ! そんなの……ぜったいにだめ!」


 セレーナが言う。


 ――ユンヒェムは、何も言わずにただ微笑む。


 それは、聞き分けのない子を諭すための表情か。それとも、いつも素っ気ない彼女が、初めて自分のことを案じてくれたことに対してみせた表情だったのか。

 どちらにしても、そんなユンヒェムの表情は、これが最初であり――そして、きっと最後だった。


「では、いくぞ!」


 ユンヒェムが馬を翻す。

 セレーナが叫ぶ。


「ユンヒェム!!」

「セレーナ。王を、王国を、守ってくれ」


 ユンヒェムは、わたしとリーゼロッテの方に顔を向け、


「セレーナをたのむ」


 わたしたちはうなずくしかなかった。

 ユンヒェムは最後に一言だけ、セレーナに言った。


「じゃあね、僕の愛しい人」


 ユンヒェムが馬を走らせる。


「待って!」


 ユンヒェムと彼の騎兵隊が、一団から離れていく。


 鬨の声を上げながら、敵陣へ突っ込んでいく――。

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