第五百八話 待ち伏せ
黒い馬に乗った、人ならぬ者たちが魔物の軍を率いて、わたしたちの前方へ布陣する。
彼らの瞳は赤く光り、手に構えた剣からは、練達の殺気が立ち上る。
「魔族だ!」
兵士が叫び、隊に動揺が走る。
まずい……、とわたしは思う。
わたしたちは魔族と戦ったことがある。
一度だけ、ほんの少し戦っただけだけれど、レイスという魔族のその強さは、はっきりと覚えている。
「レイスほどの強さじゃないとしても……」
わたしは傷ついた王の兵たちの様子を見る。
いまあの数を相手にするのは、とても無理に思えた。
騎兵隊たちの馬が、怯えたように前足を持ち上げ嘶く。
「落ち着け! 隊列を崩すな!」
ユンヒェムが叫ぶ。
「総員、右手へ迂回せよ! ラウルを中心に横隊となって走れ!」
ユンヒェムが号令を発すると、兵たちは馬を蹴って走り出す。
「皆、速度を落とすな!」
騎馬隊は隊形を保ちながらも必死に速度を上げる。
迫りくる敵軍の足音が、焦りを煽る。
馬蹄が地面を叩く音は荒々しく、馬たちの息遣いは激しさを増す。
兵たちの間に緊張感が張り詰める。
「ユンヒェム、どうするつもり!?」
セレーナが馬を駆けながら問う。
「突破する」
ユンヒェムは即答した。
しかしラウルが言う。
「だがこの数では、まともに戦っても勝てん」
その間にも敵の矢がかすめ飛び、魔族は距離を詰めてくる。
ユンヒェムが言う。
「合図と共に転回する。魔族軍の隙をついて強行突破する」
騎馬隊は皆、疾走を続けている。
汗に濡れた馬の首筋が上下し、息は荒い。
それでも隊形を崩さず、駆け続ける。
ユンヒェムは鋭い視線で周囲を見回し、敵軍の隙を探している。
方向転換の一瞬を狙い、敵の陣形や地形の起伏を見極めている。
逃走と反撃の狭間で兵たちは走り続ける。
「今だ!」
ユンヒェムが合図の声を上げる。
「全員転回!」
騎兵隊は魔族軍に向かって90度転回する。
「皆固まれ! 一気に突っ切るぞ!」
直角に転回し、鋒矢の陣となった騎兵隊は、魔族軍の陣にできた切れ目をめがけ、突っ込む。
速度を衝撃に変えた騎兵の槍が、魔物どもを吹き飛ばす。
さらに襲い来る魔物を、ユンヒェムの剣が両断し、馬が踏み潰す。
セレーナが聖剣を薙ぎ、二・三匹の魔物を一度に斬り裂く。
リーゼロッテの弓がしなり、次々と魔物の頭を射抜く。
わたしは猛スピードで疾駆するアルジェンタムにしがみつきながら、魔族たちへと闇雲に魔法を放つ。
「うおおっ」
騎兵隊は一斉に砂塵を巻き上げながら、魔族軍の陣形に突入していく。
剣が閃き、槍が敵の鎧を貫き、魔物たちが次々と倒れていく。
しかし魔族軍が、疾走する騎兵たちに、怒涛のように襲い掛かる。
巨大な斧が馬の足を切り払い、騎兵の一人が地面に叩きつけられる。
弓矢が飛び交い、別の騎兵が肩を射抜かれ、馬から転げ落ちる。
地面には倒れた騎兵とその馬が横たわり、血が広がる。
「ぐあっ!」
また別の兵が弓矢に頭を撃ち抜かれ倒れる。
「姿勢を低くしろ! 盾を下げるな!」
先頭のユンヒェムが剣を振り上げ、進路を切り開く。




