第四話 高級宿に泊まりたい!※挿絵あり
さて、それはそうと……どうやって山から下りたらいいのかしら?
わたしは、右手をおでこにかざして、周りを見回した。
あ、道だ!
何だ、道あるじゃん!
しかしそれは、狭くて整備されていない曲がりくねった道だった。けもの道と言っても通りそうなくらい。ところどころ雑草に覆われて、油断するとその先を見失ってしまう。
それでも、わたしはその道に沿って歩くしかなかった。
また魔物が襲ってくるかもしれない。短剣を構えながら、おそるおそる歩く。これはさっきの緑の魔物が持っていたのを拝借した物だ。びくびくしながらしばらく行くと、急に視界が開けた。
「下山成功! 奇跡だわ……」
わたしは生きている喜びを噛み締めながら歩いた。
「わぁー、すっごーい」
空が抜けるように青い。そして眼前に広がる地平線。
その地平線の向こうに、輪を持った土星のような星が見える。しかしその巨大さといったら!
「ほんとに異世界なんだ……」
感嘆のため息を漏らしながら歩いていると、道の先に、明らかに人工物と思われるものが見えた。
街だろうか?
とりあえず、あそこまで行ってみよう。
◆
「うわー。へぇー」
石畳の街道沿いには、中世ヨーロッパ然としたレンガ造りの建物が立ち並んでいる。
果物屋らしき店では、一粒がこぶし大もあるぶどうや、とげとげのウニみたいなオレンジを売っているし、緑の庇の下でせわしなく動いているおじさんは、翡翠色をした何かの動物の肉を切り分けている。
お店の人やすれ違う人は、みんな髪も目も色がさまざまだ。
生まれてこのかた日本から出たことのないわたしにとっては、まるでゲームの世界に迷い込んだみたい。
街並みをキョロキョロと物珍しく眺めながら、わたしはしばらくそぞろ歩く。
こうしてみると、否が応でも自分が異世界にきたことを実感させられる。
これからこの世界で、ひとりで生きていかなければ。
――ううん、ひとりじゃない。にゃあ介がいる。だから、心細くなんてない。
よし、そうと決まったらまずは……。
「どうしよっかな」
わたしは迷っていた。魔物から現れた、この宝石、どっちに使おう。
服か、宿か。
女の子なんだからそこ重要よね。
「ねえ、にゃあ介、どっちにしようか」
にゃあ介に相談しようと声をかけると、
(多少食わずとも死ぬことはあるまい)
「じゃあ服?」
(事ここに置いて、着飾る必要があるか?)
「どっちなのよ。意味わかんない」
(自分が自分で意味を与えぬ限り、人生には意味がニャい)
「え、何言ってんの……?」
(エーリッヒ・フロムの言葉ニャ)
「ネコのくせに中二病……やば……」
わたしは、にゃあ介を放っといて、自分で考えることにした。
ていうか、ミルヒ何とかっていう名前だっていう設定はもうどうでもいいのかな。
まあいいか。
さて……うーん、花よりだんご。とりあえず、宿だ!
わたしはまた街を歩いて、一番高そうな宿を見つけた。白と鉛丹色の壁はスタイリッシュでいて、レトロな色合い。艶のある山吹色の屋根が架され、それは避暑地のペンションを思い起こさせる。
「わー、こんな宿に泊ってみたいなー」
「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」
振り返ると、話しかけてきたのは人の良さそうなおばさんだった。異世界の人と喋るのは初めてだ。緊張する。
「こ、こんにちは! あの、この宿に泊まりたいんですけど……」
わたしは宝石を見せた。
「これじゃ足りないね」
「どうしたらいいんだろう」
「あんたも冒険者なんだろ?」
おばさんはわたしの腰の短剣に目をやりながら言う。
「も?」
「ここは港町サンエルモント。冒険者見習いが集まる街さ。あんたもその口なんでしょ?」
「あ、えーっと……はい」
「なら、ギルドで仲間を雇うといいわよ」
「ギルド?」
「ギルドへ行けば、戦いを手伝ってくれる仲間が見つかるかも」
そのおばさんは、丁寧にギルドとやらの場所を教えてくれた。
「ありがとうおばさん。またね!」
わたしがお礼を言うと、
「気をつけるんだよー」
と、おばさんも手を振って送ってくれる。
この世界にも、親切な人はいる。わたしは嬉しくなった。