第四百九十五話 砦にて
続々と、後続部隊が到着する。
まずユンヒェムの隊。
そしてグレンフェルト公爵や、他の貴族たちの部隊も砦へ辿りつく。
グレンフェルト公爵が、訊ねる。
「ふむ。かわりはないか」
砦の衛兵が敬礼し、答える。
「はっ、異常ありません」
やがてグランパレス王、ユビルの本隊がやってくる。
「王、体勢は万全です」
貴族たちは誇らしそうに言う。
「魔族たちの姿は見えぬようですな」
「我々に恐れをなしたか? はっはっはっ」
「いっそのこと、このまま魔属領へ進軍いたしましょうか」
だがユンヒェムが首を横に振り、言う。
「いや、兵たちはここまでの移動で疲れている。進軍は暫しの休息の後だ」
すると、王はうなずく。
「うむ。皆、まずはゆっくり休め。英気を養うように」
◆
王都軍は砦の奥に陣取り、わたしたち冒険者の隊は、砦の城門付近で待機している。
「どうやら、今日は戦いになりそうもないな」
拍子抜けした冒険者たちの声が聞こえる。
「俺の剣を魔族たちに見せつけてやろうと思っていたのに」
「ははは、俺のこの特大ハンマーもな」
「これじゃあ、活躍のしようがないぜ」
皆、座り込んで、そんな軽口をたたき合っている。
わたしは馬を降り、体育座りでぼーっとしている。
「きれいな空」
なんとなく空を見上げる。
夕焼け空はどこまでも広がり、深く、静かだ。
薄い雲が茜色に染まり、ゆるやかな風に押されてゆっくりと流れてゆく。
「異世界の戦場にいるなんて、なんだか信じられないね」
わたしはつぶやく。
「このまま戦にならなければいいのにね、にゃあ介。ただのちょっとした遠足で、みんなこのまま帰るの」
にゃあ介は浮かない声で、言う。
(……そうだといいがニャ)
わたしは階段を登って砦の城壁の上へいくと、川の対岸を見下ろす。
川面が夕暮れの赤に染まり、空と一体になったように静かに流れている。
「ぜんぜん敵の姿が見えないね」
丘の上の砦から国境の川まで続く広大な平原に、風が吹いている。
「だが、あの黒い森の向こうには、きっと幾千の敵が潜んでいる」
隣でリーゼロッテが、向かいの森を見ながら言う。
セレーナがうなずく。
「静かすぎて、逆に不気味ね」
◆
王都軍は、国境の砦に陣を敷いて待っている。
本当にこのまま何もないのではないか、と思い始めた朝のこと。
カンカンカンカン……!
突然のけたたましい音にわたしは目が覚める。
その音は甲高く鋭く、晴天の下に不釣り合いに緊迫して響いた。
塔の上で衛兵が力を込めて鐘を鳴らしている。
冒険者や兵士たちが息を呑み、一斉に塔の上を見上げる。
青空の中で小さく揺れる衛兵のシルエットが、遠くを指差している。
「何事だ!?」
冒険者たちは互いに戸惑いの視線を交わす。
ざわめきが広がる中、衛兵の声が風を切って届いた。
「魔属領に動きが!」
言葉が落ちた瞬間、場の空気は一変した。
「なんだって?」
「動きだと?」
緊張の波がじわじわと砦を覆っていく。
冒険者の何人かは腰に手をかけ、鞘から武器を引き抜いて構える。
兵士たちも立ち上がり、互いに視線を交わしながら構えを整える。
彼らの鎧や盾がカラカラと鳴る、その音がやけに耳に残った。
「どうした!」
貴族たちも顔色を変え、揃って声を上げる。
普段は余裕に満ちた彼らも、今はその顔に青ざめた緊迫の表情が浮かんでいる。
上擦った声で衛兵に問いかける。
「何かの間違いではないのか?!」
と、数人の兵が砦へ飛び込んでくる。
再び緊迫した叫びが響き渡る。
「斥候からの報せで、魔族が進軍を開始したそうだ!」
「なんだと?!」
「おい、それは確かか?」
冒険者や兵士たちの顔がこわばる。
「敵襲!! 敵襲!!」
わたしは、城壁の上へ駆け上がり、目を擦って川の対岸を見る。
敵の姿は見えない。
だけど、川の向こうの黒い森が揺れているように見えた。
「始まるわね」
セレーナが隣で静かに呟いた。