第四百九十話 護衛計画1
わたしたちはセレーナの別邸へ戻ってきた。
残念ながらお城では、セタ王子とは会えずじまいだった。きっと、よっぽど忙しいのだろう。
セレーナの部屋に集まったわたしたちに、セレーナは開口一番こう言った。
「ごめんなさい、勝手に話を進めてしまって……」
そしてこう続ける。
「まったくだよ、ちゃんと相談してよね」
「ごめんなさい」
「こっちだっていろいろ準備があるんだからさ」
「準備って……あなたも行くつもりなの、ミオン?」
「当たり前でしょ、友達なんだから!」
セレーナは一瞬黙り込み、それから口を開く。
「これは私のわがままなのだから、あなたたちは行く必要はないわ」
「セレーナの言う通りだ」
リーゼロッテが言う。
「……だが、わがままに付き合うのも悪くないな」
「リーゼロッテまで……」
わたしは言う。
「忘れないで、セレーナ。わたしたちは、三人でクレセント・ロペラだよ。どこに行くのも、一緒だから」
リーゼロッテもうなずく。
「ミオン、リーゼロッテ……」
セレーナは微笑む。
「ありがとう、二人とも」
わたしも微笑んで見せる。
「ユリナ、バート。そういう訳なのだけれど、引きとめはしないわよね?」
「……私はセレーナ様のメイドです。主人の決定に口出しする権利はございません」
ユリナは静かに答える。
バートも、目を閉じたままゆっくりとうなずく。
すると、チコリが声を上げる。
「セレーナさま、あたしもお供しとうございます!」
「だめよチコリ。あなたを戦争に連れてなんていけないわ」
セレーナがきっぱりと言うと、チコリは泣き出しそうな顔になる。
「でも……」
言いかけるチコリに、ユリナが言い含めるように諭す。
「チコリ、あなたもセレーナ様のメイドです。ご主人様の言うことを守りましょう」
セレーナは優しい顔つきになって、
「ごめんね、チコリ。ユリナたちの言うことをきいて、この別邸を守って」
その言葉に、小さく、
「はい……」
そう返事をするチコリだった。
◆
王が直々に国境へ向かう。その計画が、正式に決まった。
決行に先立って、わたしたちは再度宮殿へ呼ばれた。
任務を取り仕切るユンヒェムと、王都軍の指揮を執る公爵たちがユビル王の元に集結して、国境への遠征計画の確認を行うという。
「いや~緊張するね。みんな、大人の人たちばっかりだよね?」
わたしたちは、宮殿の一角にある軍議室に向かっている。
そこで今回の遠征における戦略を立てるのだ。
「なんか職員室に呼ばれた時を思い出すなあ」
(ニャんとまあ気楽な……)
「今日はまだ本番ではなくてよ」
「でも公爵さまとか、伯爵さまがお出ましになるんでしょ?」
わたしが言うと、
「グランパレスの高位の貴族が勢揃いというわけか」
そうリーゼロッテがつぶやく。
「なんか、場違いだなぁ……わたしなんてただのふつうのJKなのに」
(学業の成績はふつう以下ニャ)
「むむむ」
わたしがしり込みしていると、リーズは、
「たいしたことないわ。公爵も伯爵も、ただ位が高いだけよ」
とすましている。
ジルとガンフレットは、リーズの言葉に笑いをこらえきれない。
「ははは」
「リーズは実力主義だからな」
そんな会話をしていると、いつの間にか軍議室へたどり着いている。
王宮の軍議室の扉は、黒檀のような重厚な木材に金の細工が施され、蔓植物の模様が絡み合うように彫られている。
取っ手には銀細工の獅子が刻まれ、扉の高さは人の背の倍をゆうに超えている。
わたしはその扉を見上げる。きっと中は、何十人も入れるほど広いのだろう。
「ここか……」
この扉の向こうに、精鋭の兵たちを束ねる貴族のトップが集結しているのか……。
わたしはごくりと唾を呑む。
そんなわたしを尻目に、
「さっさと開けましょ」
リーズは躊躇なく扉を開ける。
「わー心の準備が」
ギイィィィ……
焦るわたしの前で、軍議室の大きな扉が開いていく。




