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第四十八話 悪魔召還

「いいか、悪魔召還は精霊召還のようにうまくいくとは限らない。心してかかれよ」


 この間とは別の日。わたしたちはまた例の丘へ来ていた。

 まばらな木々に、地面はごつごつとした岩。

 天気はあまり良くない。


「そんなこと言われたって……」


 わたしはすでに怖じ気づいている。


「何の心構えをすればいいの?」


「書物によると、悪魔は常に、何かを企んでいる」

「どういうこと?」


「悪魔はこちらの恐怖と不安を煽って、欲しいものを差し出させようとするらしい」

「恐怖と不安……」


「そう。だから、怖がってはいけない」

「もう怖いんですけど」


 わたしは言った。


「大丈夫だ、何とかなる。とにかくつけいる隙を見せるな」

「できるかしら……不安だわ」


 わたしはセレーナをすがるような目で見る。

 セレーナは、にこっと微笑んでくれる。それで多少気が楽になる。

 それでも、まだ不安は拭いきれない。わたし、簡単に悪魔に騙されちゃうんじゃないかしら。

 ねえにゃあ介、大丈夫かな。


(まあ落ち着け。ミオンは怖がりすぎる)


「はあ……わかった。やってみる」


 リーゼロッテは、また。大きな岩に魔法陣を描き始める。

 この前と違う陣を描いているらしいのだが、わたしには違いがわからない。

 わたしは、緊張を紛らそうと、人の字を手に書いて飲んでみる。


「悪魔って書かないと意味ないかな……」

「何してるの、ミオン?」


 セレーナが不思議そうに訊ねる。


「あ、何でもないの」

「?」

「セレーナ、何かあったら、助けてね」

「もちろんよ。すぐ後ろにいるから」

「ありがとう」


 そうこうしているうちに、準備が整ったらしい。リーゼロッテが言う。


「さあ、ミオン。頼む」

「えー」


 またあれか……。わたしはしぶしぶ短剣を抜き、親指をぷつりと刺す。

 そして、魔法陣に進み出て血を垂らした。


 魔法陣に、赤い炎が上がる。


 わたしはごくり、と唾を飲む。


 そして何かが姿を現しはじめた。




 魔法陣からせり上がってきたそれには、頭に腕の太さ程もある角があった。顔は山羊のようで、鋭く黄色い目をしている。

 腕は筋肉隆々で、鋭い爪。毛むくじゃらの身体に、黒い鴉のような翼が生え、尖った尻尾がゆっくりと揺れていた。

 そして、腕を組み、じろりとわたしを見る。

 全身に鳥肌が立った。


「あ、あの」


 わたしが言う前に、悪魔は低く太い声で話した。


「両目だ」


「え?」


「両目を差し出せ」


 わたしは絶句する。


「はやくしろ。その剣で目をえぐりだせ」


「できません」


 ようやくそれだけ言った。


「何だと? 呼び出しておいて、何もよこさぬと言うのか」


 悪魔が、鼻から息を吹き出す音がする。


「両目を差し出せ。さもなくば、お前の一番大事な者の命をいただく」


「そ、そんな……」


(弱みを見せるな)


 にゃあ介の声がする。


(ヤツはこちらの恐怖と不安を煽っているようだが、全てでまかせだ。だまされないように気をつけろ)


 でも、もし本当だったら……?

 

「できぬのか? では、お前の大切な者の命をいただくとしよう」


 あんなこと言ってる。どうしよう。

 誰が死んじゃうの? セレーナ? リーゼロッテ? それともにゃあ介?


「ハハハ! もらった! 一番大切な者の命はもらったぞ!」


 わたしは、もう少しで、「待って、目をあげるから!」と叫びそうになる。お願いだからやめて。誰も殺さないで。

 だが。


(知性のない煽り方だニャ。下衆なやつだ)


 にゃあ介は落ち着いている。

 にゃあ介の方が、悪魔より一枚うわ手みたいだった。


 すごいなあ、にゃあ介。伊達に偉そうにしてるわけじゃないんだ。

 なんだかそれでわたしの肝も据わったみたい。


「黙りなさい」


「何だと?」


「あなたに手出しができないのは、わかってる。黙って魔法を契約しなさい」


 悪魔は、先ほどよりさらに鼻息を荒く吹き出し、組んでいた両腕を解く。

 そして、その手を上に高く掲げた。

 その姿は、異常なほどに恐ろしく映った。


 だがわたしは一歩も動かない。弱みを見せちゃ、だめだ。


 すると、悪魔は言った。


「つまらん人間だ。私の脅しに屈さぬ者は、久しぶりだ。実につまらん。仕方ない、お前と契約してやろう。……ウオワギ」


 それだけ言うと、悪魔は両手を下ろした。

 魔法陣からまた炎が吹き出す。


 そして、悪魔は消えた。




   ◆




「すごいわ、ミオン!」

「やるじゃないか」


 セレーナとリーゼロッテが同時に賞賛の声をあげる。

 わたしは、すぐには何も答えない。


「ミオン、どうしたの?」


 心配げにセレーナが訊ねる。


「うわーん!」


 緊張が解け、ようやく動けるようになったわたしは、セレーナに抱きついた。


「こ、怖かったよー」


「まあ。すっごく落ち着いているように見えたのに」

「そんなことないよ。見てよこの足」


 わたしの足はガクガクと震えていた。


「よく頑張ったわね、ミオン。えらいわ」

「うん……」


 セレーナにそう言われて、少し元気を取り戻す。


 リーゼロッテはすぐに魔法陣を消しに走る。彼女も、ちょっとは怖かったみたい。

 わたしは、セレーナにすがりついたまま、それを見守る。


「やったな、ミオン。またしても新たな魔法の誕生だ」


 魔法陣を消し終えたリーゼロッテは言う。


「あ、そうだった」


 怖すぎて忘れていた。


「ああ。それじゃあ早速」

「試してみよう!」




   ◆




 岩の多い丘で、わたしは新しい魔法を試そうとしていた。

 セレーナとリーゼロッテは、遠巻きにわたしを見つめている。


「じゃあ、いくよ?」


 わたしは両腕を構え、呪文を唱えようとする。しかし……。

 一体何の魔法なんだろう? わかんないから、どんな詠唱したらいいのか。

 迷った挙げ句、何にでも使えそうな、オールマイティっぽいセリフを選んだ。


「我願う。我が身に宿りし、魔よ。力よ。数多の困難を退けよ……ウワオギ」


 わたしの周りに風が生じる。それはつむじ風のように、ぐるぐると周り始める。

 また、風の呪文?

 と、思った矢先、風は不意に消えてしまった。


「え、何なの、この魔法」


 わたしが拍子抜けしていると、リーゼロッテも不思議そうに、


「何の魔法かはわからないんだ。だが、何だか、途中みたいだったな」

「どういうことなのかしら」


 セレーナも首を傾げる。


「魔力不足、というわけではなさそうだし……」

「えー……」


 あんな怖い目に遭ったのに、成果なし?

 わたしはがっくりと肩を落とさざるを得なかった。


「まあ、気を落とすな。練習が足りないだけかもしれない」


 リーゼロッテはそう言った。

 しかし、一番気落ちしているのはリーゼロッテにも見えた……。


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