第四百八十八話 マルス・ダクトスでの鍛錬
「すいません、お二人に稽古つけてもらっちゃって」
わたしは、ギルドの酒場のテーブルで、ジルとガンフレットに向かって言う。
「Sランク冒険者の人に練習相手になってもらうなんて……」
「構わないさ。リーズがいないあいだ、俺たちやることなくて腕がなまっちまってるしな」
「どうせずっとお酒ばかり飲んでたんでしょ」
リーズが言うと、二人は笑う。
「ははは」
「しかし、手合わせにはいい相手を連れてきてくれたぜ」
すると隣のテーブルでわたしたちの会話を聞いていた冒険者グループが、
「いま、手合わせの相手っていったよな?」
「まさか。グランパレスの隼の相手になる奴なんていねえよ。ましてやあんな小さい女の子たちだぜ。聞き違いだ」
それから少し声を落として話す。
「……それより、国境付近の話はどうなったんだ?」
「近々、御布令が出るって噂だ。お国の仕事は払いがいいからな」
「俺はごめんだぜ。魔族と戦うなんて」
どうも穏やかではない話のようだ。
わたしが、じっと耳を澄ませていると、
「今日もマルス・ダクトスへ行くんだろ?」
「わ!……あ、は、はい」
ジルに言われ、我に返る。
「どうした? そんなびっくりして」
「いや、なんでも……」
わたしは慌てて取り繕い、
「さ、さあ行こうみんな。鍛錬しないと、身体がなまっちゃう」
と声をかける。
だが、その場を後にしようと歩き始めたとき、冒険者たちの方から、さらに気になる言葉が聞こえてきたのだった。
「……戦に、なるかもしれんな」
◆
わたしたちは、マルス・ダクトスで鍛錬している。
セレーナが弓を相手に稽古したいというので、わたしは、ジルとガンフレットに稽古をつけてもらっている。
「どうしたどうした、動きにキレがないぞ!」
「寝惚けてるんじゃないのか」
わたしはジルとガンフレットの模造剣を必死で避ける。
「わ! わ!」
二人は本来、斧使いと槍使いではあるが、剣を持たせても一流の腕前だ。
酒場での冒険者たちの会話が頭の隅に残っていたわたしは、はじめ鍛錬に身が入らずにいたが、
「ほらほら、まだ動きが甘い」
「ぼーっとしてたら、ケガをするぜ」
二人にしごかれて、目が覚めてきた。
「お、調子が出てきたな」
「それじゃあ、ギアを上げるぞ」
「そんなぁ! そもそも二人がかりなんて、ずるい」
文句をいいながら、わたしは二人の剣をかわし続ける。
稽古場の向こうでは、リーゼロッテとセレーナが稽古を続けている。
セレーナは、リーゼロッテが放つ矢を、剣で次々とたたき落としている。
「ハイッ、ハイッ!」
「すごいぞ、セレーナ。よくそんな芸当ができるな」
リーゼロッテが言う。セレーナは、
「いいえ、こんなの全然よ。相手はあなた一人だし、矢は模造矢。これくらいできて当然だわ」
そう言いながら、さらに矢をはじく。
一方リーズは、王都の見習い兵たち五人を相手に、剣を振るっている。
「さあ、どんどんかかってきなさい!」
五人を同時に相手にして、まったく余裕のリーズ。
五人の男がリーズに躍りかかる。
男たちをひきつけ……彼女は剣を振る。
「ぅりゃぁああ!」
「うっ!」
「ぎゃっ」
「うわあっ」
見習い兵たちは、情けない声を上げて吹っ飛ぶ。
「あんたたち、やる気あるの? そんなんで王都を守れるの?」
「く、くそ!」
根性のある見習い兵は、起き上がって再度かかっていくが……、
「ぎゃあ」
やはり返り討ちにされる。
「五人じゃ足りないわね……」
リーズはそうつぶやく。
「よし! ここまで!」
ガンフレットが手を叩く。
わたしはその場にへたり込む。
「う~ん、もう動けない……」
ガンフレットが言う。
「昼休憩をはさんで、鍛錬を続けるぞ!」
「げーっ?!」
グランパレスの隼たちの練習量は、とにかくものすごい。
感心するとともに、音を上げたくなる。
「これだけ練習すれば、そりゃあSランクにもなれるよね……」
夕方。
わたしたちはようやく、マルス・ダクトスを後にする。
「もうへろへろだ~」
別邸へ帰って、ユリナさん特製の肉料理にありつく頃には、朝方の冒険者たちの噂話など、すでに忘れかけていた。
◆
翌朝、ノックの音と、すこし不安そうなユリナさんの声で目覚めた。
「失礼します。ミオンさん、宮殿から衛兵が……」




