第四百八十五話 王都ギルドの酒場で1
「なんだい?」
冒険者ギルドの酒場で働く料理人は、がっしりとした体格で、年季の入ったエプロンを着けている。
火のそばに長時間立っているせいか、肌は少し焼けている。
その料理人に、チコリが訊ねる。
「キッチン借りてもいいですか」
「ん? キッチンを?」
わたしはチコリの背中をつつく。
「キッチンなんか借りてどうするの? チコリ」
「バッファローのお肉、どうせあたしたちじゃ食べきれないんだし、みんなにお肉食べてもらおうと思って」
「なるほど」
わたしはうなずく。
それを聞いていた料理人が、
「そういうことなら構わないぜ」
と快く了承してくれる。
「そんないい肉を無駄にしちゃあいけない。自由に使ってくれ」
◆
わたしとチコリは酒場の厨房に立っている。
目の前の調理台には、メジャロス・バッファローの大きな塊肉がででん、と鎮座している。
「何を作るの?」
横からセレーナが覗きこんで聞いてくる。
「お肉といえば、やっぱりステーキ?」
「ステーキか……」
わたしはユリナさんの料理を思い出す。
「ユリナさんが作ってくれたステーキ、おいしかったなあ……じゅるり」
「うん、肉汁がたっぷりあって、焼き立てパンにとっても合っていて、すごく美味しかったよね」
まてよ……? わたしは考える。
「パンとそれに合うお肉……そうだ!」
「何か思いついたの? ミオン」
「うん、いけそうな気がする!」
◆
「ミオン、それ、どうするの?」
セレーナが疑問を口にする。
わたしの前には、まな板の上に置かれたバッファローの塊肉。
「ステーキなら、フライパンで焼くだけじゃないの?」
「……じゃーん!」
わたしは背中に回して隠していた両手を、前へ出して見せる。
「な……!?」
「両手に包丁を……!?」
わたしは右手と左手に、二本の包丁を握っている。
「いったいどうするつもりなの、ミオン!?」
「ふふふ……こうするんだよ!」
わたしは両手の包丁を振り下ろし、目の前のお肉をダダダ……! と叩き潰す。
「お肉をみじん切りに!?」
「なんてこと……!」
わたしはお肉をひたすら叩き続ける。
「――できた! チコリ、これをフライパンで焼いてみて!」
「う、うん!」
チコリが、成形されたミンチ肉に、フライパンで火を通していく。
「……すごい肉汁!」
驚くセレーナ。そして、
「思い出したわ!」
と手を叩く。
「いつだったか、みんなでお料理をしたときに、ミオンが作ったものね! ええと、たしか……」
「ハンバーグ!」
チコリが大きな声で答える。
「そう、ハンバーグだったわ。よく覚えてるわねチコリ」
「覚えてるもなにも……」
チコリは言う。
「ユリナさんは、ミオンからレシピを聞いて、しばらくこればかり作ってたんだもん」
微笑んで、
「お肉を細かくすることで、脂が出やすくなるのよね!」
「そのとーり!」
えっへん、と腰に手をやるわたし。
「ステーキとはまた一味違った調理法……ハンバーグ。改めてすごい料理ね、ミオン!」
「たしかに、これはバッファローの肉にぴったりの調理法だな」
「えへへ……。でもね、これだけじゃないんだ」
「なに……?」
「それはね」
わたしは焼き上がったハンバーグに野菜を載せ、二枚のパンでばふん! と挟み込む。
「ええっ!!」
みんなが驚きの声を上げる。
「お肉をパンで挟み込むなんて……!」
「これもどこかで見た……思い出したぞ」
とリーゼロッテ。
「学外授業のとき持っていった……サンドイッチ、だな?」
眼鏡に手をやり、
「ハンバーグサンドイッチ、というわけか」
とうなずく。
「ちょっと違うんだな。パンとお肉といったらこれ。ハンバーガー!」
「は、ハンバー……ガー?」
リーゼロッテは面食らっている。
「なんだかわからないけれど、天才だわ!」
セレーナは興奮気味だ。
わたしは鼻の下をこすって、言う。
「さあチコリ、どんどん焼いて!」




