第四百七十一話 三年目の休暇
期末試験が終了して気が抜けたのか、終業式までの日々はあっという間に過ぎていく。
そのあとには、待ちに待った長期休暇がやってくる。
わたしたちは今、ガーリンさんの見張り小屋にいる。
窓の外には、ちらりちらりと雪の舞い落ちるのが見える。
「みんな、一年間おつかれさん」
わたしたちはガーリンさんがくたびれた薬缶で淹れてくれたお茶をいただいている。
ガーリンさんはティーカップなんていう洒落た物は持っていないので、皆まちまちの食器にお茶を汲んで、それがカップの代わり。
「何書いてるの?」
「あ……、これは母上に手紙を書いているんです」
セタ王子は羽ペンを持つ手を止め、
「今年度の魔法学校の授業が終了したので、王都へ戻ることを報告するんです」
顔を上げて答える。
「授業のないときは王都へ戻るという約束なので……」
とセタ王子は少し寂しそうに笑う。皆と別れたくないのだろう。
「そうね。王子の護衛で来ている私も、王都へ戻らないと」
とリーズ。
「そっかー」
「私も、王都へ行きたいわ。王の葬儀に参列できなかったことを、ユンヒェムやユビル……新しい王に謝らないと」
チコリは上目遣いでセレーナを見ると、
「セレーナさま、あたしも行ってもいいですか? ……ユリナさんとバートさんに会いたい」
「もちろんよ。わざわざことわらなくても良いのよ。あなたは自由なんだし、私の別邸はもうあなたの家よ」
チコリの顔がぱあっと明るくなる。
「ミオンとリーゼロッテはどうする?」
リーゼロッテとわたしは顔を見合わせると、
「わたしも行く!」
「私も行く」
同時に答える。
「王立図書館に行きたいだけでしょ、リーゼロッテ」
「ミオンだって、セレーナの家の料理とベッドが恋しいんだろう」
とお互いに突っ込み合う。
「みなさんも来られるんですね!」
セタ王子は少し頬を紅潮させて言う。
わたしたちと別れずにすむのが嬉しいようだ。
て、いうか、主にリーゼロッテと、かな。
「よっし。それじゃあ決定だね」
拳を突き上げ、言う。
「みんなで王都へ行こう!」
「うむ。異議なしだ」
「それがいいわね」
満場一致で、行き先が決まった。
「じゃあ、終業式の翌朝、出発だよ!」
王都は、白く美しい都市だ。
グランパレス城や、噴水広場にある白い獅子の像が、脳裏に浮かんでくる。
王都にはセレーナの別邸があるし、王立図書館や、兵士たちの訓練所であるマルス・ダクトスなんかもある。
ガーリンさんが、
「それじゃあな、みんな! 休暇中、あまり羽目を外し過ぎるなよ!」
そう送り出してくれる。
学校の門を出るとき、わたしの脳内はすでに王都へ飛び、知らず知らず笑顔になっていた。
◆
早朝、わたしたちは乗合馬車の停車場で、馬車が来るのを待っていた。
「王都に着いたら、まずお城? それともセレーナの別邸?」
「グランパレス城だろうな。まずはセタ王子の無事を報告しなければ」
「私たちが行ったら、きっと王は歓迎してくださるはずよ」
とリーゼロッテとセレーナが言う。
「うん、そうだね」
わたしはうなずく。
隣を見ると、リーズとチコリが何か話し込んでいる。
「あそこは、たぶんマナ草が正解だと思うの」
「そうよね! よかった。私、さいしょアモエナって書きそうになって……」
「それはマルモロの好物! 実在しない薬草でしょ」
くすくす笑いあう二人は、どうやら試験の答え合わせをしているようだ。
一方、セタ王子の方へ目をやると……、
「セタさま、おぐしが乱れております」
「いいよいいよ、自分でやるから」
セタ王子は、おつきの従者に髪をさわられるのを、いやがっている。
「王都へ着く前に、おぐしを整えませんと」
「いいってば!」
わぁー……好きな人の前であれやられたら、ばつが悪いだろうなぁ……。
わたしは王子に同情する。
だけどリーゼロッテは全然関心がない様子で、
「王立図書館で読みたい本をリストアップしてきたんだ」
と、うれしそうに羊皮紙を取り出す。
「『古今魔物大全』だろ、『精霊の神秘と魔法陣』、それに『人と魔物~生命の相克~』……」
ちょび髭の従者は、まだ笑顔でセタ王子の世話を焼こうとしている。
「セタさま、お待ちください」
「いいっていうのに」
わたしは軽くため息を吐く。
「やれやれ」
やがて乗合馬車がやってきて、わたしたちは乗り込む。
「さあ行こう。久しぶりの王都だね……みんな忘れ物ない?」
椅子に腰を落ち着ける間もなく、御者が出発の合図をする。
「出発進行!」
馬車はガタゴトと揺れながら、石畳の上を走り始める。
今年も魔法学校の一年の授業が終わった。
荷物を詰めた麻袋を抱え、窓から外を眺める。
魔法学校の青い尖塔、ルミナスの街並みが遠ざかっていく。
「またね、魔法学校!」
馬車は一路王都へ……!
 




