第四百五十七話 失踪事件8※挿絵あり
街のゴロツキどもをやっつけた後、王子はそのまま歩いていく。
工業地区のはずれであるこの一帯は、錆色の建物が廃墟のように立ち並んでいる。
辺りは、人気もなく静まり返っている。
しかし、王子を呼び出した犯人たちがどこかにいるはずだ。わたしたちは、見つからないように離れてついて行く。
やがて王子が立ち止まった。
セタ王子は、前方の広い路地にいる。
王子の近くに隠れられるような場所がないため、わたしたちは離れた物陰でじっとしている。
「地図を見てる?」
「あのあたりだな、指定されたのは……だが……」
セタ王子は、きょろきょろと周りを見て、手元を確認している。
「誰もいないのかしら?」
セレーナが眉をひそめる。
「どうする?」
わたしたちは、物陰に隠れたまま、ひそひそと話す。
「誰もいないんじゃ、どうしようもないよね?」
「しかし、まだ出ていくわけにはいかない」
「ええ。どこかで、監視しているかもしれないものね」
セタ王子はどうしたらよいか困った様子だ。
わたしたちは今はまだ見守るしかない。
「誰か来た!」
建物と建物の隙間から、一人の男が現れた。
男は王子に話しかける。
「犯人かな?」
「おそらく」
王子は、男と何か話している。
「何を話しているのかしら……」
わたしたちがやきもきしていると、男が歩き出す。
セタ王子もその後に続いて、歩いていく。
「歩きはじめた!」
男が路地を曲がる。
王子もその後について路地を曲がる。
「いそげ!」
わたしたちは物陰から飛び出して、急いで王子たちが曲がった路地まで走る。
路地に入り、周りを見渡すと――
いない。
王子の姿も、男の姿も、どこにもなかった。
「しまった! やられた!」
リーゼロッテが言う。
「やはり罠だったか……!」
◆
王子たちの曲がった狭い路地の向こうは開けていて、同じような建物がたくさん並んでいた。
「何かの倉庫かしら」
セレーナが言う。リーゼロッテがうなずく。
「どれも一緒だな」
ふたりとも、切羽詰まった口調だ。
わたしたちは王子の姿を見失った。
王子までさらわれてしまったのだ。最悪の事態だった。
わたしは、パニックを起こしそうになる。
必至でこらえて、辺りを見回す。
ずらっと倉庫が並んでいる。
赤い屋根の同じような倉庫……赤い壁に、紫色のペンキで数字が振ってある。
パッと見て、倉庫は12番まであった。
「くそっ、端から順に探していくしかないな……」
リーゼロッテが言う。
「まって……そうだ! にゃあ介!」
「ミル?」
セレーナが言いかける。
「うん、にゃあ介なら、きっと何か手がかりを残してくれてるはず!」
ぬいぐるみのにゃあ介は、ゴロツキたちからだって王子を守ってくれた。
「ん? あの袋は……?」
リーゼロッテが何か言ったが、耳に入らない。わたしは、
「にゃあ介なら、必ず。必ず……」
わたしはぶつぶつ呟きながら、思い出す。
いつだったか、セレーナがバシリスクの毒を受けたとき、にゃあ介に言われたことを。
「緊張しすぎると、視野が狭くなる……リラックス、リラックス」
すると、少しだけ視野が広がったような気がした。
倉庫の中に連れ込まれたんだとしたら、にゃあ介は何を残してくれるだろう?
立ち並ぶ倉庫の、扉の周りを順に観察していく。1番、2番、3番……
「あそこ!」
紫色のペンキで、8と描かれた建物。
その倉庫の扉から、ちょっとだけ、何かが飛び出している。
何か、扉に挟まっているのだ。
「にゃあ介のしっぽだ!」
わたしは扉めがけて走る。
扉から飛び出しているのは、やはりぬいぐるみのしっぽだ。
少しだけ扉を開け、中に目を走らせる。
薄暗い倉庫の中には、複数の男たちがいる。
セタ王子は腕をつかまれ、動けない様子だ。
わたしは、にゃあ介を拾い上げる。
「よかった……ありがと、にゃあ介」
「やれやれ、しっぽが綻んでしまったニャ」
にゃあ介が小声で愚痴をいう。
「あとでリーゼロッテに縫い付けてもらってあげる……さて」
ぬいぐるみを肩に乗せ、わたしは倉庫の扉をがらりと開ける。
「王子を返してもらいましょうか」
 




