第四十四話 三人必要!?※挿絵あり
セレーナが信じてくれて良かった。
わたしは胸のつかえがとれたような気がしていた。
学校へ向かう坂道の、名前も知らない黄色い葉の並木も、何だか瞼に晴れやかに映った。
涼しさを含んだ風が並木の葉っぱたちを囁かせる。そんな空気の澄んだある日の朝。
魔法学総合の教室へ向かう途中、校舎の西側が騒がしいのに気づいた。
何だろうと思って、西の方へ足を向けると、校舎の壁の周りに多くの生徒が集まっている。
あれは、合格発表のあった場所。
みんな、壁に貼られた何かに群がっているようだ。
また編入試験、あったのかな? それにしてはちょっと早すぎるような……。
わたしはその集団を遠巻きに見守っていたが、やはりどうやら違うらしい。
合格発表のときのように、一喜一憂する人の姿がないのだ。
けれども、生徒たちは、一様に興奮しているようではある。
一体、何が貼られているのだろうか。
興味にかられたわたしは、我慢できずに、壁へ近づいていった。
「ちょっと、通して……わたしにも見せてください」
人混みを押しのけて、壁の前へ行き着く。
そこには羊皮紙が貼られていた。
そして、でかでかと太い文字で、こう書かれていた。
「ルミナス・ウィザーディング・コンテスト」
「え、何だろうこれ……」
大きな文字の下にある、説明文に目を凝らす。
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ルミナス・ウィザーディング・コンテスト開催のお知らせ
この度、ルミナス魔法学校は、健全な精神と肉体の育成を目指して、チーム対抗の競技大会を開催することに決定しました。
参加者には三人一組でチームを組んでもらい、先生方の考えられた試練を突破していただきます。
試練の内容は、当日まで秘密ですが、知識や体力、魔力の問われる内容になります。
参加条件は以下の通り。
・三人でチームを組むこと。
・学年、性別は問いません。
開催時期は、30日後を予定しています。
参加希望者は、10日前までに事務棟にてエントリーしてください。
優勝者には優勝カップと次の賞品が授与されます。
賞品
・短剣ルミナスブレード
・魔力増強イヤリング
・魔法史大全のレプリカ
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「ルミナスブレード!」
わたしは叫んだ。
先日セレーナとも話したとおり、わたしの短剣は、転生して一番はじめに倒したゴブリンの短剣を失敬したものだ。
もう刃がぼろぼろで、新しいのが必要だった。しかし、いい剣はやはり値が張る。それで新しい剣を買うのを躊躇しているところだったのだ。
他の賞品も魅力的だが、やはりわたしの一番欲しいのは、剣だった。
わたし、魔力は元から強いみたいだから、魔力増強はそれほど必要じゃない。
そして、魔法自体には興味あるけど、魔法史は苦手だった。
「ほしい……ルミナスブレード、ほしい……」
わたしはぶつぶつとそうつぶやきながら、何度も貼り紙を読み返した。
このドキドキは何だろう?
魔法の剣も欲しいけれど、わたしの興奮はそれだけが理由ではないようだった。
――魔法学校の競技大会。一体どんなことをするんだろう。
先生たちの考えた試練を突破? チームで戦うですって?
待ち構える試練を思うと、なんだか武者震いが止まらなくなった。
「どう思う? にゃあ介」
にゃあ介は気のない返事をした。
(好きにしたらいいんじゃニャいか)
◆
「おはようセレーナ! ……見た?」
わたしは教室にいるセレーナを捕まえると、朝の挨拶もそこそこに勢い込んで訊ねた。
「おはようミオン……競技大会のことなら、もちろん見たわ」
セレーナも若干興奮気味だ。そしてこう言った。
「魔力を増強するアクセサリなんて、レアアイテムよ。とてもほしいわ」
「じゃあ、出るよね?」
「もちろん出たいわ。でも……」
セレーナは言う。
「出場するには、三人必要なのよ」
「あと一人、仲間がいればいいのよね。きっと見つかるよ。一緒に探そう!」
セレーナは顎へ指をやって、ちょっと考えてから、こう答えた。
「にゃあ介さんはどう言っているの?」
あれ以来、セレーナは気味悪がるどころか、にゃあ介のことをもっと知りたがった。
どうやら、わたしの中にもう一つ別の魂がいるってことに、興味津々らしい。
にゃあ介の話をすると、目がきらきら輝いているみたい。
にゃあ介の話し方も、セレーナの興味に火をつけている原因だ。セレーナが隠れ中二病だっていうの忘れてた……。
「にゃあ介は好きにしろって」
「……そう。ならいいわ。あとひとり。うん、わかった」
セレーナはそう答えた。にゃあ介の言葉が決め手ってのが引っかかるけど、まあよしとしよう。
「よっしゃ、頑張るぞ」
こうしてわたしたちは、大会に出ることを決めた。
そうと決まったら、やることは一つ。
早速、もう一人の参加者を求めて動き出さなくてはならない。
「期限は20日間。戦力になりそうな生徒、探さなきゃ!」
◆
あとひとり……。
ミムとマムは二人で1セットだし、誰かいないかな。
どんな試練が用意されているのかわからないけれど、知識や体力、魔力が問われる、と書いてあった。
セレーナは剣技、わたしは体力と魔力にはちょっと自信がある。
あと足りないのは何だろう?
◆
「ミオン、それ何食べてるの?」
わたしは以前買った、ブラックハネンの干物を短剣で削り、麦粥にかけていた。
「あ、これ? ねこまんまっていうんだけど、にゃあ介が食べろ食べろってうるさいのよね」
「ふーん」
ブラックハネンの削り節がかかった麦粥からは、香ばしい匂いが立ち上がって、結構美味しそうだ。
「それじゃ、いただきまーす」
はぐはぐ。うん、悪くない。
(ニャハーッ、悪くないどころか! この香り、この味……白米にかつお節とは少し違うが、絶品ニャ!)
セレーナがじーっと見つめてくる。
「美味しいの?」
「まあまあね。……あ、食べたい?」
「……いえ、いいわ。にゃあ介さんに悪いし」
「そう。……あのさ、セレーナ。考えたんだけど」
「何かしら?」
わたしはねこまんまを食べながら、言う。
「三人目の仲間に心当たりがあるんだけど……」
◆
放課後の図書室。
そこに目当ての生徒はいた。
「やっぱり、いた」
その子は、分厚いメガネをかけ、分厚い本とにらめっこしながら、羽ペンを羊皮紙に走らせている。
傍らには、メモをとるための羊皮紙の束。
(ニャるほど。たしかに、知識はありそうだニャ)
「でしょ? あの子チームに入れたい」
ちゃんとセレーナの了承も得てある。
……でも今話しかけたら迷惑だろうか。少し躊躇する。
ええい、ダメで元々。
とにかく声をかけなきゃはじまらない。
わたしは、勇気を出してその子の側へ行きこう言った。
「こ、こんにちは」
だが反応がない。自分のことだと気づいていないようだ。
「いつも図書館にいるね」
ここで悪印象を与えたら全てがおじゃんだ。
わたしはできる限りのフレンドリーな笑顔で、言う。
すると、メガネの女の子は、ゆっくりこちらを振り向き、言った。
「何が望みだ」
「え、え?」
「こんな場所で、薄気味悪い笑顔をはりつけて話しかけてきたからには、何か魂胆があるのだろう」
う、図星といえば図星。
しかし、薄気味悪い笑顔とは……あとで鏡見て、笑顔の練習しよう。
「うふふ、お友達になりたいなーと思って」
何とか食い下がろうとする。だが。
「何だ、変態か」
「ヘ、ヘンタ……」
その子はまた本に向き直り、言った。
「私は忙しいんだ。放っておいてくれ」
わたしはパクパクと口を動かしたが、言葉が出てこなかった。
女の子は、すでにわたしのことなど眼中にないように、羽ペンを手に取っている。
(ふむ。なかなか面白い出会いだったニャ)
「どこがよう……」
にべなく変態呼ばわりされ、わたしはトボトボと図書室を後にしたのだった。




