第四十三話 にゃあ介のこと
(…………)
「セレーナは、自分の過去のことも包み隠さず話してくれた」
明かりの消えた部屋の中、わたしは中空を見上げつぶやく。
セレーナの笑顔が脳裏に浮かぶ。
「わたしだけ黙ってるなんて……」
ひざまで掛けた毛布を、きゅっと握る。
「大丈夫、絶対セレーナなら秘密を守ってくれるよ」
にゃあ介を説得しようとするわたし。
(ワガハイはあまり気乗りしニャい)
「にゃあ介……」
(だが、ミオンはどうしても打ち明けたいのだろう?)
「うん」
(ならば、ワガハイには止められんニャ)
「ありがとうにゃあ介!」
わたしは毛布を胸に引き寄せ抱きつく。
(だが、異世界から来た、というのは伏せておいたほうがいいニャ)
「何で?」
(この世界には無い情報や知識を持っている人間がいたら、どうなると思う?)
「……変な目で見られたりする?」
(バレたら好奇の目で見られるだけではすまニャい。利用しようとする輩や危ない貴族なんかに捕まる可能性もある)
「え、こわい」
(もしかすると、セレーナにまで危険が及ぶかもしれん)
「わかった。じゃあ言わない」
(ふむ)
「よし、そうと決まったら……」
(何だ、今から行くのか? よっぽど話したかったんだニャ……)
わたしは早速ベッドを降りて、セレーナの部屋へ向かった。
◆
「どなた?」
わたしがセレーナの部屋の扉をノックすると、中から声がした。
「わたし、ミオン。ちょっといい?」
がちゃり、と扉が開き、セレーナが顔を出す。
「あら、ミオン。こんな時間にどうしたの?」
「あのね、ちょっと話があって」
わたしの顔を見ると、セレーナは、
「入って」
と促した。
セレーナの部屋はよく片付いている。
机の上に重ねられた羊皮紙。
ベッド脇には剣が置かれている。寝るときも側に剣を置いているんだ。
わたしが部屋の中へ入ると、セレーナが扉を閉めた。
セレーナが勧めてくれた椅子に座る。セレーナは自分のベッドに座り、向き合う。
しばらく無言が支配する。
「ミオン」
セレーナが言う。
「何か大事なお話があるんでしょ?」
「うん」
いざとなったら、何だか躊躇してしまう。本当に、信じてもらえるだろうか? 別の魂が身体の中にいるなんてこと。
やっぱり、やめて帰ろうか。
それでどうする?
にゃあ介のことは秘密にしたまま、何でもなかったようにこれからも付き合っていくの?
ううん。
セレーナにはやっぱり知っておいてほしい。
「あのね」
わたしは思い切って話し始める。
「あのね、驚かないで聞いて欲しいんだけど。わたし、わたしの中には……、別の魂が住んでいるの」
「どういうこと……?」
困惑した様子のセレーナ。無理もない。
わたしはなんとか説明しようとする。
「つまり、わたしは一人じゃなくて二人……ていうか、ネコだから一人と一匹?」
「何を言っているのミオン? さっぱりわからないわ」
そのときだった。
(まだるっこしい)
「んむっ!?」
わたしの口がひとりでに動き始めた。
「ワガハイがしゃべる」
にゃあ介が、わたしの身体を操り始めたのだ。
「ミ、ミオン?」
「ワガハイは、ミオンと身体を同じくするもの。しかしその魂は同一にあらず」
セレーナは眉を曇らせる。
「ミオン、一体……」
「ミオンではニャい。ワガハイは、ミルヒシュトラーセ。ネコの魂を持ち、ネコの身体を失った者」
ふたりの間に沈黙が流れる。
セレーナが緋色の瞳でじっとわたしを見つめる。
「……本当にミオンではないの?」
「ウソではニャい。ワガハイは、そなたと出会った当初から、ミオンの内部にいた。だからそなたのことをよく知っている」
セレーナが口を開きかける。
「あ、あの……」
「セレーナよ!」
「はい!」
名前を呼ばれ、セレーナの背筋がぴんと伸びる。
「ワガハイとミオンは一心同体なり。もし、この者の身に危害が及ぶようなことがあれば、ワガハイは命をかけて守る。そなたもミオンの友ニャらば、ワガハイのことを信じてくれるな?」
ちょっと何言ってるの、にゃあ介。いきなり信じろなんて、これじゃあいくらなんでも説明不足……。
しかしセレーナは、すぐにこう答えた。
「はい、わかりました。信じます」
「このことを秘密にすると誓ってくれるか?」
「誓います」
セレーナは胸に手をあて、返事をする。
「それニャらば、よい……」
突然、口が自由に動くようになった。
「……あー、あー、こほん」
セレーナがじっと見つめてくる。
……ちょっと待って。
今の状況、客観的に見たら、わたしとんでもなく痛い人じゃない!?
「あ、あのー……えへへ」
どうしよう。絶対わたし多重人格のフリをするやばい人ってセレーナに思われてる!
魔法の詠唱といい、これじゃどこからどう見ても完全に中二病だわ!
とりあえず何か言わないと。
「……えーと、さっきのはネコのにゃあ介っていうの」
「ミルヒシュトラーセって言ってたけど……」
「あ、いいのいいの。にゃあ介で」
(オイ)
ミルヒシュトラーセっていう名前が、更に中二病感を増している気がする。
わたしは心配になりながら、セレーナに訊ねる。
「……信じてくれる?」
「もちろんよ。話してくれてありがとう」
セレーナはそう言うと微笑んだ。
「ほんとに? こんな突拍子もない話。わたしの演技だと疑わなかった?」
「何となく……わかってた」
「えっ?」
「ミオン、時々、一人でぶつぶつ話してるもの」
「えっ、そう?」
全然気づかなかった。これからセレーナ以外の人といるときは、気をつけないと。
「それに」
セレーナはこう続けた。
「にゃあ介さんが話しているとき、ミオンの目、ネコみたいだった」




