第四十二話 魔法学校の図書室※挿絵あり
「魔法とは、契約の履行です。わたしたちと、精霊あるいは悪魔との契約」
今日のショウグリフ先生の魔法学総合の授業は、魔法とは何かについて、深く掘り下げたものだった。
魔法マニアのわたしとしては非常に興味を惹かれる内容だ。
「一度契約が済めば、理論的には誰もがその魔法を使うことが可能となります」
薄くなった白髪頭を撫でながら、ショウグリフ先生は言う。
「諸君がすでに習ったであろう、炎の魔法や、強化魔法、治癒魔法といった魔法も、かつて先人たちが行った契約の賜物であります」
ほうほう、それでそれで?
(また鼻息荒くなっているぞ、ミオン)
授業が終わった後も興奮冷めやらぬわたしは、セレーナに言った。
「わたし、全然魔法のこと知らなかった。もっと詳しく知りたい!」
するとセレーナはこう提案した。
「それなら、図書室へ行ってみる? 魔法に関する本がたくさんあるはずよ」
◆
放課後、わたしはセレーナと話しながら廊下を歩いていた。
「セレーナの剣って、やっぱり由緒正しいものなの?」
前から気になっていたことを訊ねると、セレーナは答えた。
「一応、我が家に代々伝わる、聖なる剣らしいわ。エリクシオンというの」
「聖なる剣、エリクシオン!」
(ミオン、今度はよだれが垂れそうだぞ)
「私の曽祖父が、この剣でアイアンゴーレムを貫いたと聞いているわ」
「……いいなあ。わたしのはゴブリンの持ってた、ただの短剣だし」
「また今度、一緒に買いに行きましょ」
「うん……」
しかし、いい武器はいい値がするに決まっている。わたしの手持ちでは、結局今の短剣と大差ない剣しか買えないだろう。
もっと魔物狩りしなきゃな……そんなことを考えていると、セレーナが立ち止まった。
「ここだわ」
図書室は校舎の東の端にあった。
天井までの高さがある、分厚い本のぎっしりと入った本棚が、部屋中を埋め尽くしている。
少し暗めのその部屋の中央には、いくつかの長テーブルと椅子があり、そこで閲覧や自習ができるようになっていた。
人は少なく、とても静かだった。
メガネの女の子が一人、厚さ二十センチはありそうな本を開いて、黙々とメモを取っている。
わたしは、書架へ向かうと、背表紙にある表題を読んで、魔法に関する本を探し始めた。
「薬草大全」
「水棲モンスターの弱点」
「魔物の系譜」
と、指でたどっていく。
「近代魔法史」
「魔法・呪術一般」
「魔法の起源」
「この辺かな」
わたしは、「魔法の起源」と、「魔法契約」の二冊を取り出す。
そーっと、抱えながら本をテーブルまで運んだ。
大判の、金で縁取られた立派な本だ。汚したり破ったりしないように気をつけないと。
きっと、すっごく高いに違いない。わたしの手持ちじゃ、弁償できないほど。
テーブルでは、セレーナが椅子に座って、本を開いている。
「何読んでるの?」
わたしが小声で訊ねると、セレーナは表紙を見せてくれた。
そこには、「魔法剣の種類とその使用法」とあった。
魔法剣かあ、かっこいい! それに何か、セレーナに似合ってる!
わたしは、セレーナのその本にも興味を惹かれたが、とりあえず、自分の持ってきた二冊の本を読んでみることにした。
ふむふむ……えっと?
「――故に精霊の御名に置いて汝を保護せしめんには何をなすべきか。神の遣し給ひし者の御意を能く聴き得べし……」
…………
…………
…………
うぅ、わけわからん。
米粒みたいに細かい字で鬼のように難しい文章が綴られている。
わたしは本を投げ出したくなった。
それでも目をしぱしぱさせながら、何とか小一時間読み続けた。
わかったのは、どうやら魔法は先人たちが精霊や悪魔と契約した遺産であること。
本が書かれた時点で、数百年間は新たに契約された魔法はないということ。
そして魔法の契約には、魔法陣を使った儀式が必要ということだった。
魔法陣についても調べたかったが、わたしの脳みそはそこで力尽きた。
「セレーナ、そろそろ帰ろうか」
「うん、ちょっと待って。ここ読んじゃってから……」
セレーナがページをめくりながら言う。
本を読んでるセレーナは絵になるなあ。
そんなことを思いながら図書室内を見回す。
残っているのは、わたしたちと初めからいたメガネの女の子だけだった。
女の子はまだせっせとメモを取っている。
「勉強熱心だなあ」
わたしが感心していると、別の勉強家の声が頭に響いた。
(ワガハイも、もう少し読んでいきたい)
「いいから! もう目と頭がくらくらする」
「ご、ごめんなさい」
セレーナがパタンと本を閉じる。
「あ、ち、違うの。セレーナに言ったんじゃなくて……」
不思議そうなセレーナに弁解しながら、わたしは図書室を出た。
窓から夕日が差し込んでいる。
メガネ女子のメモを取る音だけが、後に残された。
◆
夜、わたしはベッドの上で天井を見上げていた。
(ミオン、最近考え事が多いようだが、何を考えているのだ?)
「うん、ちょっとね」
(どうも気になるニャ)
「……」
わたしは何度も寝返りを打ちながら、悶々と考え続けた。
そして、ついにがばと起き上がって言った。
「きめた。やっぱり話そう」
(何のことニャ?)
わたしは思い切ってにゃあ介に頼んだ。
「ねえ、にゃあ介。にゃあ介のこと、セレーナに話していい?」




