第四百二十七話 乗馬からの帰宅
「それじゃあ、今日はどうもありがとうございました! ローサさん」
「ああ。みんな本当に……なんともないね?」
ローサさんは、心配そうに言う。
肝の座った感じのローサさんも、馬の暴走騒ぎを聞いて、すこし動揺していたようだった。
「うちの子は、ちょっとやそっとじゃ動じないんだけど……ワイバーンにゃあ、ちぃとビビっちまったみたいだね」
「あ、わたしたちは、全然だいじょうぶです!」
わたしは手をぶんぶん振って言う。
「セタ王子のおかげで、みんな無事でした。ね? セタ王子」
「あのその。そのあの」
また、しどろもどろになる王子。
王子はあたふたしながら、リーゼロッテの方を見て、
「無事だったのなら、なによりです」
と汗を拭く。
「怪我がなくて本当によかったよ」
ローサさんは胸をなでおろすように言って、わたしに訊く。
「それで……、馬には乗れるようになったのかい?」
「はい! 三人とも、もうカンペキです!」
「完璧かどうかはわからないが……一応、かたちにはなったかな」
「あたしも、馬、乗れるようになりましたぁ」
ローサさんは、
「ほんとに?」
とガーリンさんを見る。
「ん? そうだな。……まあまあ、ってとこか」
ガーリンさんは、腕を組み、答える。
「そうかい」
ローサさんは満足したように、
「ガーリンが言うなら、大丈夫そうだね。……ドワーフはウソをつかない」
「そのとおりだ。がはは」
ガーリンさんが豪快に笑うと、ローサさんも豪快に笑う。
わたしもつられて笑ってしまった。
それからローサさんは、言った。
「またおいでよね。魔法学校の生徒さんたち!」
◆
「あー楽しかった! 最初はちょっとドキドキしたけど」
チコリが言う。
もう日暮れが近い。わたしたちは、ルミナス魔法学校の近くまでやってきていた。
「うん。ずっと馬に乗ってたせいで、なんか歩いてる今もまだふわふわするよ」
わたしは、肩を揺らして、おどけてみせる。
「いくらなんでも、もう落ち着いたでしょ」
セレーナがくすくす笑う。
「ローサさんの馬も、よく言うこときいてくれて、かわいかったなぁ~」
(ワガハイも、馬は嫌いではニャい)
「そうなんだ。こわくないの? ネコより随分おっきいし」
(馬は静けさを好む。ワガハイもうるさいのは苦手だから、一緒にいて平気ニャ。性格的に似たもの同士ニャ)
「へー。そんなに似てるんなら、馬の代わりに、にゃあ介に乗れたら便利だったのに」
(それは御免こうむるニャ)
わたしたちは、並んで街道を歩く。
「今度は、みんなで馬を借りて、どこかへ旅とかしてみたくない?」
と提案する。
「おもしろそう!」
チコリはすぐ話に乗ってくる。
「ねっ。乗馬しながら旅するなんて、西部劇みたいだよね」
「???」
「あ、なんでもない」
わたしは慌ててごまかす。
リーズは、
「セレーナと旅? もちろん行くわ」
と、こちらも鼻息が荒い。
「そんときは、わしに言え。ローサに言って、安く馬を借りてやる」
ガーリンさんが、どんと胸を叩いて受け合う。
「さすが、ガーリンさん!」
「任せとけ!」
ガーリンさんは笑って、
「そんじゃ、また、明日。学校でな」
と、手を振り振り、学校の方へ去っていく。
わたしたちは、
「ガーリンさん、今日はありがとう!」
そう皆で礼を言った。
「じゃ、寮へ帰ろうか」
わたしたちは、寮へ向かって歩き出す。
「……あ、それじゃあ、僕は、ここで」
男子寮へ帰るセタ王子がそう言うと、
「セタ王子」
リーゼロッテが呼び止める。
「な、なんでしょうか」
ピキーンと背筋を伸ばして立ち止まるセタ王子。
「今日は本当にありがとう」
「とんでもない!」
振り返って、王子は言う。
「僕にかしこまってお礼なんて……」
「いや、セタ王子がいなかったら、私は大怪我を負っていたかもしれない」
リーゼロッテの言葉に、またセタ王子の頭から、湯気が噴き出したみたいに見えた。
そのまま直立不動で固まっているセタ王子に、リーゼロッテが、
「……また、明日」
そう言うと、
「は、はい! また明日!」
セタ王子は、ぎくしゃくした動きで歩き始め、寮へと帰っていく。
「セタ王子ぃ……。ここでキザな台詞でも吐いて去ったらかっこよかったのに、もう。『夢で会おうぜ、ベイビー』とかさあ」
「なあに、それ」
手と足を同時に動かして去っていく王子を、セレーナと見守る。
「さて、私たちも帰るか」
リーゼロッテが言う。
「わあリーゼロッテ、切り替えが早い」
不憫なセタ王子のために、わたしが嘆いていると、リーゼロッテは不思議そうに言う。
「なんのことだ? 明日は、三度目の合同授業があるぞ。たのしみだな!」




