第四百二十五話 乗馬1
ルミナス西の丘の上。
わたしたちは乗馬の練習を開始しようとしていた。
いい天気だ。見上げると、鳥が大空を飛んでいる。
「さて! それじゃ……」
わたしは、言う。
「ローサさんから借りた馬が三頭いるから……」
ローサさんが連れてきたのは、栗毛の馬が二頭と、あし毛の馬が一頭だった。
人差し指を唇に当て、考える。
「セレーナとわたし、リーズとチコリ、セタ王子とリーゼロッテに分かれよう」
わたしが言うと、
「オーケー、やるからには徹底的に仕込むからね、チコリ!」
「はい、リーズ先生!」
ふたりはさっそく栗毛の馬を引いて丘の真中へと駆けていく。
セタ王子はというと、
「り、リーゼロッテさん、こちらへ」
と、ギクシャクした動きでリーゼロッテをエスコートする。
なんとも気弱なセタ王子だが、あれで気づかないリーゼロッテもリーゼロッテだ。
「やれやれ。……じゃ、セレーナ、おしえて。どうやって乗るの?」
セレーナに訊ねる。
「まず、手綱とたてがみを握って」
「え……」
わたしは恐る恐る馬のたてがみを掴もうとする。
「痛くないのかな」
「だめよ、ミオン」
セレーナがぴしゃりと言う。
「もっとしっかりと握って。馬はかしこい動物よ。あなたが怖がっているのを悟られたら、言うことを聞いてくれないわ」
「う、うん」
セレーナに言われ、わたしは勇気を出して手綱とたてがみを握る。
「こう?」
「左足を鐙にかけて」
わたしは言われた通りにする。
「右足を蹴って、身体を持ち上げる」
わたしは、右足で地面を蹴る。
両手を使って、馬の上へ身体を引き上げる。
「の、乗れた!」
「よくできました。足で腹を押してあげると、歩きはじめるわよ」
おっかなびっくり足を動かすと、馬はちゃんと歩きだす。
「やった!」
「ええぞ! ミオン」
ガーリンさんが手を叩く。
「ありがとう、ガーリンさん!……わあ、なんか変なかんじ」
わたし、一人で馬に乗ってる。
目線がすごく高くて、ちょっと怖いけれど、とってもいい気分!
横を向くと、リーズがチコリ相手に奮闘しているのが見える。
「ちがうったら。右足じゃなくて、まず左足を鐙に入れるの。それじゃ、後ろ向きにまたがっちゃうでしょ」
チコリは汗をかきながらも、リーズの言う通りやろうと頑張っている。
「なんか、危なっかしいなあ……」
わたしは心配しながら、その向こうへ目をやる。
セタ王子が、リーゼロッテを馬に乗せようと四苦八苦していた。
「いや、あの、その、そうではなくて……」
「どう違うのだ? 具体的に頼む」
こちらではセタ王子が汗をかいている。
「こっちも大変そうだ」
わたしは肩をすくめて、両者の成り行きを見守るのだった。
◆
「やったー!」
チコリがようやく馬の背へまたがる。
「もう……やっと乗れたわね」
リーズが、くたくたの様子で言う。
「いいぞ、一度乗れれば、もうこわくないな!」
ガーリンさんが笑う。
わたしはリーゼロッテたちの方へ目を向ける。
「つ、つまりですね」
「ううむ、よくわからないな……」
困った様子の二人に、わたしは声をかける。
「セタ王子、見本を見せてあげなよ!」
「え? いやしかし……」
戸惑うセタ王子に、リーゼロッテが言う。
「いや、たしかに一度、やり方を見てみたい。頼む」
「わ、わかりました」
セタ王子はうなずいて、あし毛の馬の手綱を握る。
「いいですか、左足を鐙にかけて……」
リーゼロッテは顎に手を当て、セタ王子の様子をじっくりと観察している。
「手本になるかわかりませんが……いきますよ」
セタ王子は、右足を蹴って、馬にまたがる。
うーん、リーゼロッテの視線になんだか動きが固い気がするけど、ここは褒めて伸ばそう。
「おおー!」
わたしは大げさに拍手する。
「やるじゃん、セタ王子! 白馬の王子さまだ!」
ちょっと頼りないけれど、あし毛の馬にのった王子なんだから、白馬の王子さまに違いない。
「こんな感じです。やってみてください」
王子は照れくさそうに頭を掻くのだった。
◆
「よし!」
「やった! これでみんな乗れたね!」
リーゼロッテも馬にまたがり、わたしたちはゆっくりと丘を歩き出す。
「しかし……なんというか、変な気分だな。自分が馬に乗っているなんて」
「あたしも!」
わたしたちは笑う。
ルミナス西の丘の上。
わたしたちは乗馬の練習にいそしんでいる。
いい天気だった。見上げると、空高くには鳥の影。
その影が次第に降りてきて、徐々に大きく……
「ん? なんか変だ」
「……あれは!」
リーゼロッテが声を上げる。
「鳥じゃない! ワイバーンだ!」
大きな翼を持つ魔物、ワイバーンは、低く旋回してこちらへ近づいてくる。




