第四十一話 魔法で魔物狩り2※挿絵あり
間一髪だった。
本当にギリギリ、あと僅かの差で、わたしの剣がゴブリンガードの喉元を射抜いた。
ゴブリンガードはセレーナへ向けていた剣を落とす。
どさり、と敵は足元の血だまりに倒れ、魔石化の音が響いた。
「はぁはぁ……」
肩で息をしながら、それを見つめる。
冷や汗が体を伝っていくのを感じる。
「……ありがとう、ミオン。一度外へ出ましょう」
セレーナが言った。
「うん」
わたしたちは、敵が襲ってこないか確認しながら、黙って洞窟の外へ出た。
洞窟の外は暗くなりかかっていた。
わたしは、炎の呪文を唱える。ポッと手の平に小さな火の玉が浮かぶ。
わたしは隣のセレーナを見て――叫んだ。
「セレーナ!」
手に灯した光で確認して、わかった。
セレーナの右手から、血が流れていた。
「だ、大丈夫? セレーナ」
「平気」
そうは言ったものの、セレーナの顔は青い。
「ミオン、治癒魔法、かけて」
「え、でも……」
治癒魔法はまだ習ったばかりだ。あまり自信がなかった。
「もし、失敗しちゃったら……」
「大丈夫。ミオンならできる」
(やってやれ、ミオン。このまま放っておいたら、傷が残るかもしれニャい)
「……わかった」
わたしは、セレーナの腕に手をかざして、治癒魔法を唱えた。
「汝大なる精霊よ、聖なるいのちの宿り木よ、癒やしの光を今ここに」
しゅううう……と、セレーナの出血が蒸発したように消えていく。
そして手から傷が消え失せた。
顔色も大分よくなったようだ。
「ふー、どうやら成功みたい」
「ね、大丈夫だったでしょ」
セレーナは何でもなかったように続けた。
「もっと魔法に慣れないとダメね。練習が必要だわ」
わたしは思った。もう、これ以上、セレーナには無理して欲しくない。
「……ねえセレーナ。セレーナはそんなに剣技が強いのに、魔法、必要なの?」
「もちろんよ。どうしても魔法が必要なの」
「どうしてそんなに、魔法にこだわるの?」
わたしが訊ねると、セレーナは黙りこんでしまった。
火の魔法がセレーナの顔をほのかに照らしていた。
わたしたちは薄暮の中を寮へ向かって黙って歩いた。
何故か気軽に話しかけられなかった。セレーナの様子がいつもと違う気がした。
赤い太陽を背に二人並んで歩く。草が茜色に染まっている。
丘の緩斜面を歩きながら、唐突にセレーナが言った。
「ねえ、ミオン。ミオンは何故魔法を習おうと思ったの?」
「え、わたし? わたしは……」
どぎまぎしながらわたしは答えた。
「昔っから憧れてたんだよね、魔法に。もう、ずっと小さい頃から」
「そう……」
それだけ言うと、セレーナは黙りこむ。
どうしたんだろう。それが訊きたかっただけじゃないはず。
きっと何か大事な話があるんだわ。
わたしが口を開こうとすると、
(待て)
とにゃあ介に言われた。
(黙って待つニャ)
それでわたしは何も言わずにセレーナの言葉を待った。
しばらくしてセレーナは口を開いた。
「私ね、父を殺されたの」
「え……」
思わず立ち止まる。今、何て?
「ミオンには知っておいてもらいたいの」
セレーナは静かに話し始めた。
「私ね、一応、貴族の出身なの」
「……うん、わかるよ」
「え、わかる? この服のせいかな……」
と言うセレーナ。その服がなくても、雰囲気でわかっちゃうと思う。
「で、まあ、何不自由なく暮らしていたわけ」
「うん」
「私が十才のときだった。父が殺されたのは」
セレーナは言った。
「……見たの?」
わたしが訊ねると、こくり、とうなずく。
「黒衣を纏った魔導士だったわ。父は剣術に長けていたけど、敵わなかった」
「セレーナ……」
「でね、私、数日間、口も聞けなくなっちゃった。ショックだったのね」
「…………」
セレーナは努めて明るく聞こえるような口ぶりで言った。
「それでね、決めたの」
「何を?」
「仇を討つって」
セレーナは言った。
「そしたら立ち直れた。それからは、修練、修練の毎日」
そうか、それでセレーナはあんなに剣が強いんだ。わたしは納得した。
「相手は魔法使い。魔法のことをよく知らなくちゃ、と思ったの。それでここにいるってわけ」
セレーナはそこまで淡々と話した。話を聞いたわたしの方が泣いていた。
「セレーナぁ……」
「わ、ちょっとミオン泣きすぎ。鼻水出てるよ」
「だって、だって……」
「気にしないで。よくある話よ」
よくある話なんかじゃない。気にしないなんてできるはずない。
そう思ったけど、言葉が出てこなかった。
しゃくりあげるわたしにセレーナは言った。
「でもね、記憶の中の男は、強かった。今の私じゃ敵わない。強くならないと。もっと」
寮に戻り、食事を取る間も、わたしはセレーナから目を離すことができずにいた。
そして、その小さな背中が背負っている過酷な運命の重さを思わずにはいられなかった。
父を殺された? そんな酷いこと……。
「じゃあ、おやすみなさい」
セレーナはそう言うと、自室に戻っていった。いつもの笑顔だった。
わたしは、自分の部屋へ入り、ベッドに潜り込んだが、いつまで経っても眠ることができなかった。
(何を考えてるニャ?)
「…………」
にゃあ介の言葉にも、上の空だった。
セレーナの笑顔の裏にある思いを考えると、胸が痛んだ。
そして、わたしにはもうひとつ悩むべきことがあった。
セレーナはあんな大事なことを打ち明けてくれた。
わたしは、色々なこと、セレーナに隠していてよいのだろうか?




