第四百十八話 魔法史×魔物学
ガルバルド先生も壇上に上がり、レビン先生と向き合う。
レビン先生が言う。
「ガルバルド先生、それではよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、レビン先生」
二人が礼を交わす。
「魔法史と魔物学だって」
わたしがつぶやくと、セレーナが言う。
「この組み合わせ、いったいどんな授業になるのかしら」
「ああ、楽しみだな」
リーゼロッテは、すでに知識欲を刺激され、ワクワクしている様子だ。
「この世界には、不思議が多い」
レビン先生が話しはじめる。
「たとえば魔法。以前もお話したように、魔法は魔力によって起こる超常現象ですが、はっきり言って、原理は不明です」
先生は、続ける。
「魔法が生まれ、発達し、分類されていった過程についても、まだ解明されていないことが多い」
そこで一呼吸おいて、また話しはじめる。
「そして、たとえば魔物。我々人間や他の動物とは一線を画すこの生き物は、いったいなぜ生まれたのか」
レビン先生が隣を見て、言う。
「ガルバルド先生」
ガルバルド先生がうなずく。
「魔物はなぜ生まれたのか……」
ガルバルド先生は、コホン、と咳払いをして魔物の絵が描かれた羊皮紙を貼りだす。
「魔物といっても、多種多様な種族がいます。……これは、洞窟トカゲという、湿地帯の洞窟に棲む四足歩行の魔物です。視力が弱いのですが、噛む力が強く、注意が必要です」
そして続ける。
「では、この魔物。岩稜帯でよく見られる魔物で、鱗を纏い、顎が発達していて岩をもかみ砕く。登山者から恐れられている魔物といえば……」
先生は言葉を切り、教室の中を見回す。
「分かる者は?」
リーゼロッテが手を上げる。
「リーゼロッテ君」
「ロックリザード。固い鱗に覆われた黄褐色の身体が特徴で、山岳や岩稜地帯に生息する」
ガルバルド先生は満足そうに頷く。
リーゼロッテがクイっと眼鏡を直しながら席に座る。
「あれって、第一クラスの……」
「そうそう、期末試験で首席だった……」
他クラスの生徒のヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
「ヒュー、リーゼロッテてば有名人!」
(静かにするニャ。授業中ニャ)
「それでは、水辺や森林に生息する大蛇で、するどい牙と強烈な締めつけで獲物を襲う魔物。その色が特徴的で、非常に目立ちます。……では、隣のミオン君」
「げっ」
どど、どうしよう。
他クラスの人たちの前で恥かきたくない!
(ミオンも、耳にしたことはあるはずニャ)
「え……?」
(ギルドの依頼であったニャろ。Cランクに昇格するために、いずれかを討伐する必要がある。結局、あのときはバシリスクを倒したのだが……)
「あっ」
わたしは立ち上がると、
「はい、レッドサーペントです!」
ガルバルド先生が頷く。やった!
わたしは眼鏡をクイっと直す仕草をしながら着席する。
「やるじゃない、ミオン」
「むふふ」
わたしはクイッ、クイッと掛けていない眼鏡を直す。
「最近、とある生徒たちのおかげで、私はある気づきを得ました」
先生は言う。
「それは、『生き物は、太古の昔より時間をかけて、周りの環境に合わせて自分を変化させてきた』ということ」
先生の視線が、わたしたちの方を向く。
魔物の創造対決での、プリズム・ドラゴンのことだ……。
「これは非常に重要な気づきです」
ガルバルド先生が続ける。
「そうなのです。生き物は環境に適応し、変化していく。それは魔物とて同じこと」
「ふむふむ」
隣のリーゼロッテは、興奮して鼻息が荒くなっている。
「つまり、私が言いたいのは、洞窟トカゲとロックリザード、そしてレッドサーペントは、太古は共に同じ種だったのではないかということです」
生徒たちがざわつく。
◆
授業は続いている。
「生物は環境に適応する。魔物もしかり。つまり――」
ガルバルド先生が言う。
「つまり、魔物とは、この世界に適応して生まれてきた生物です」
レビン先生が話を引き継ぐ。
「魔法もそこに端を発している」
レビン先生は言う。
「魔法というのもやはり、必要だからこの世界に生まれた、と考えられます」
レビン先生とガルバルド先生が、交互に講義を行い、生徒たちは、先生たちの言葉をノートに書き留めている。
生徒たちの目の色が、いつもと違う。
全然勉強のできないわたしでも、この授業が非常に濃い授業になっていることに気づいていた。
にゃあ介まで、
(非常に興味深い話ニャ)
と感想を言う。
いつしか、授業は終わりに近づいていた。
先生たちはまとめに入る。
「この世界には、様々な不思議があふれています」
レビン先生が話す。
「それらの不思議は、いまだ解明されていないものもあれば、すでに解明されているものもある」
先生は言う。
「いつしか、すべてを解明する日が来ることを目指して、我々は研究を進めていこうと思います」
そしてガルバルド先生。
「補足になりますが、解明されていないことと言えば……」
授業の最後に、ガルバルド先生は、
「この世界には、環境に適応した、というだけでは説明できない特徴を持つ、魔物たちがいます」
こうつけ足した。
「彼らはなぜ生まれたのか。どこから来たのか……それを解明するのが、今後の課題です」




