第四百十五話 六人
「ごめんね、ガーリンさん。大勢で押しかけちゃって」
わたしたちは、今、ガーリンさんの見張り小屋にいる。
「構わん構わん。それにしても、お前さんも大変だの」
ガーリンさんが、セタ王子の前に置かれた椀にお茶を注ぐ。
「ありがとうございます」
王が崩御されたばかりで、学校では皆の興味がセタ王子に集まっている。
あれこれ詮索されたり、じろじろ見られるのは嫌なので、ここへ逃げてきたというわけだ。
「でもよかったね。チコリもリーズも、セタ王子が居ないあいだ寂しそうだったよ」
「うん、やっぱり王子がいたほうが楽しいもん。ね、リーズ」
「勝手に決めつけないでよね。私は護衛対象が居なくて暇だっただけよ」
と、澄ました顔でお茶をすするリーズ。
「こりゃっ!」
と、野太いガラガラ声が響く。
「ひゃっ!?」
リーズがびくっと首をすぼめる。
「いかんぞ、そんな口の利き方は。友人は大切にせにゃいかん」
ガーリンさんが、ぴしゃりと言う。リーズは、
「ご、ごめんなさい……」
と、聞こえないくらい小さな声で返事をする。
相変わらずリーズは、ガーリンさんに弱いようだ。
「でも、王位継承のごたごたの中で、よくこんなに早く帰ってこられたね」
「僕が、早く戻れるよう母さんとユビル兄さん……王に頼み込んだんです」
セタ王子は言う。
「ずいぶん驚かれました。お前がそんなに何かに執着するなんて、と」
セタ王子は苦笑いする。
「無理もないわね。王子は昔から、優柔不断が服を着て歩いてるみたいな人だったから」
「リーズ、遠慮ないね……」
わたしは不敬罪を心配する。
「優柔不断。そのとおりなんです。僕自身も驚いていて……」
すこし照れくさそうに、
「自分の意見を、こんなにはっきりと他人に言うなんて、ほとんど初めてのことで」
それから微笑む。
「でも、どうしてもこの学校へ戻ってきたかったんです」
「そうか。それはよかった」
リーゼロッテが言った何気ない一言に、セタ王子は、
「ほ、本当ですか。う、うれしいな」
ともじもじしている。
ふむふむ……これが優柔不断たる所以か。わたしはニヤニヤしながら見ている。
「じゃあ、また、あたしたちといっしょに通うんだね」
チコリが言うと、セタ王子は、はっきりとこう答えた。
「はい。みなさん、よろしくお願いします」
◆
「いやーよかったね。無事、セタ王子が戻ってきて」
見張り小屋を後にしたわたしたちは、寮へ向かって歩いている。
セタ王子の帰還をわたしたちは喜んでいた。
あ、ついでだけれど、あのちょび髭の従者も、セタ王子について戻ってきた。
王の死を嘆いてはいたが、こんな時だからこそ、セタ王子の面倒は私がみなければなりません、と張り切ってもいた。
わたし、セレーナ、リーゼロッテ、
リーズ、チコリ、セタ王子の六人は、寮へ向かう並木坂を下っていく。
また六人、みんな揃った。
うまく言えないけれど、なんだか鼻歌を歌いたいような、いい気分だった。
ふと、思い出してわたしは訊ねる。
「ところでさ。リーズって、ガーリンさんにはめっぽう弱いよね? なんで?」
すると、リーズは、
「べ、べつに何もないわ。……っていうか、弱くないし!」
と答えるが、どう見ても取り乱している。
(あの慌てよう……何かあるニャ)
とにゃあ介も言う。
わたしがリーズの横顔を眺めていると、
「ぷっ」
と噴き出したのは、セレーナだ。
「なになに? なんなの、セレーナ」
するとセレーナは言った。
「ふふ。ガーリンさんは、リーズのおじいさまにそっくりなの」
「セレーナ! 余計なこと言わないで!」
リーズが抗議する。セレーナは、くすくすと笑って、
「ごめんなさい。……でも本当に似てるわ」
と言う。
「へえ」
わたしは納得する。
ガーリンさんに似たおじいちゃんかぁ。
リーズのあの怪力も、そのおじいちゃん譲りだったりするのかも。
「リーズは昔からおじいちゃん子だったものね」
セレーナのその言葉に、リーズは、
「むぐぅ……」
と黙り込むしかないのだった。




