第四百九話 下山
「おめでとう。ついに、手に入れたね」
ジェイクが言う。
わたしは黙ってうなずく。
セレーナとリーゼロッテが、わたしの両脇に立ち、言う。
「見て。日が昇るわ」
朝日が眼下に見える景色を優しく照らし、雲が橙色に染まる。
うすく広がる朝の霧が、山の静けさを包み込み、一面が柔らかな光に包まれていく。
「ずいぶん時間がかかってしまったな」
昇る朝日を並んで見ながら、リーゼロッテが言う。
「うん」
優勝カップは朝日に照らされ、金色に輝く。
「さあ、帰ろう。魔法学校へ」
◆
山を下りるのもけっこうな大仕事だった。
けれど、帰り道の大変さを、優勝カップがかき消してくれた。
手にある、金色のカップを見ると、自然と頬がほころんで、疲れが吹き飛ぶのだった。
神殿にたどり着いた参加者たちは、全員一緒に歩いて山を下りた。
下山の途中、山道を登る最中の他の参加チームに、決着がついたことを知らせていく。
「そうか……ざんねん」
と悔しがる参加者もいれば、
「よかったー。ようやく帰れる」
と安堵のため息をもらす者、
「おめでとう!」
と祝福してくれる者もいる。
そして皆、下山の輪に加わった。
昇る朝日の下、魔法学校のみんなでぞろぞろと山を下るのは、なんだか楽しい体験だった。
山道を歩いていると、隣にいたチコリが言う。
「あたし、全然役に立てなかったなあ」
「何言ってるの!」
わたしは言う。
「見事にガーゴイルを仕留めたじゃない!……それに」
チコリの目を見て、話す。
「みんながガーゴイルを倒せたのも、チコリのおかげだったんだよ?」
「わたしの?」
「魔力コントロールの特訓を始めたきっかけはチコリだったんだもん。覚えてない? 練習場で、あなたが言ったの。『炎の魔法の命中がつかない』って」
わたしは熱を込めて言う。
「あれがなかったら、ガーゴイルとはまともに戦えなかった。ううん、それどころか、全員あの巨大ガーゴイルに踏みつぶされてたね」
「そうかな……?」
「そうだよ! チコリの一言が、みんなを救ったんだよ!」
するとチコリは、
「えへへ。……ありがと、ミオン」
と笑った。
そんな話をしながら下山を続けたわたしたちは、もう麓へ近づいていた。
「わっ」
わたしは草むらで何かに足を取られ、転びそうになる。
「あいたた……ってケイン!?」
ケインが草むらに倒れている。
ジェイクが駆け付け、ケインの様子を確認する。
「うん、どうやら気絶してるだけだね」
「ずい分最初の方でへばってるんだな」
リーゼロッテが言う。
ケインのかたわらには、チェフとヤンの二人がきまり悪そうに立っていた。
「君たち、この子はいったいどうしたんだい?」
二人は顔を見合わせると、
「その……魔物が……」
「このへんはコボルドが現れたあたりだな」
ジェイクが訊ねる。
「コボルドと戦ったのかい?」
「いや……」
ケインは気絶しているだけで、ケガひとつない。
「コボルドを見ただけで気絶したのね」
セレーナが呆れる。
「おい、君」
ジェイクが、ケインの頬をぺちぺちと叩く。
ケインは一向に起きない。
「やれやれ。……君たちは先に行って。僕らは、これをひろっていくから」
ジェイクがため息をつく。
「こ、『これ』か……」
(物あつかいニャ)
「うわさじゃ、優勝予想で三番人気だったんだけどな……」
わたしは山道で気を失っているケインに、多少の憐憫の目を向けるのだった。