第四百七話 デカブツ
「何の音?」
わたしが訊くと、リーゼロッテは言う。
「わからない」
ジェイクを見るが、彼も首を横に振る。
「何かしら……何だか……」
セレーナの言葉を、わたしは引き継ぐ。
「うん。まずい感じだね」
地鳴りのような唸り声は、どんどん近くなる。
◆
「何か来る」
ジェイクが言う。
わたしたちは、身構える。何か大きなものが近づいてくる。
「あれを見て!」
三階建て……いや、四階建ての家くらいあるだろうか。巨躯を引きずるようにして、その怪物は神殿の外からやってきた。
「なんだあのデカブツは?!」
驚きの声を上げるジェイク。
「巨大なガーゴイル!?」
「あんなの、下調べのときにはいなかった!」
ジェイクは、信じられないといった様子だ。
「まずいわねん」
ジュナの声も、緊迫感に満ちている。
メティオがパチンコで頭部を狙う。
「だめ、届かない」
「こんのぉ……!」
リーズが前脚に斬りかかろうと大剣を振りかぶる。
巨大なその魔物は、馬鹿でかい脚を持ち上げ、象のようにのしかかろうとする。
リーズは飛び退って避ける。
ドオォォン! と轟音をたて、魔物の前脚が踏み下ろされる。
地響きとともに、神殿の天井が崩落する。
ジェイクは声を張り上げる。
「危険だ。みんな、退避するんだ!」
皆、いっせいに神殿の外へ向かって走り始める。
大きな石柱をなぎ倒しながら、巨大な魔物は神殿内を突き進んでくる。
わたしは、ただ、立っている。
「ミオン、何してる?! はやく退避を!」
リーゼロッテが後ろで叫ぶ。
「メティオのパチンコを見ただろ。あの巨体では、耳が弱点だとしても、下から狙えない」
セレーナも言う。
「ミオン、一旦退くわよ!」
それでもわたしは動かない。
揺れる地面の上、わたしが思い出しているのは、ジェイクの先ほどの言葉。
耳が弱点……人の気配を聴いている……?
「どう思う? にゃあ介」
(さあ? やってみる価値はあるかもニャ)
うまくいくかどうかわからないけど……
わたしは巨大ガーゴイルの前へ躍り出る。
ひざまずくと、石畳に剣を突き立て、火花が散るほど思いっきり床を削る。
ギギギギ……!!!
剣と石の擦れる嫌な音が、神殿に響く。
「おねがい、効いて!」
「ウウゥゥゥ……!」
巨大ガーゴイルがうめく。
怪物は体勢を崩す。
「効いた!」
わたしは剣にさらに力をこめる。
この世界へ初めてやってきたとき倒した、ゴブリンの短剣。取っといてよかった。
ギギギギギギィィイイイ!!!
剣が音を立てると、巨大ガーゴイルは苦しそうに、
「グオオォォ……!!」
とうめく。
わたしは短剣で石畳を引っ掻きながら、巨大ガーゴイルめがけて走る。
「ガアァァァ!」
巨大な身体が傾ぐ。
ズズン……!!
巨躯を丸め、膝をついたガーゴイルの高さは、二階建てといったところか。
「今だ!」
わたしは渾身の力で跳び上がり……魔法を詠唱する。
「我求めん、汝の業天に麗ること能わん……」




