第三十九話 白魔術実践
数十分後、魔物たちの群れは、ギルドのみんなによって鎮圧されていた。
「よし、街は守られたぞ」
「はっはっは、魔物の好きになどさせない」
冒険者の男たちが、勝どきを上げる。
「それにしてもお嬢ちゃんたち、やるじゃないか」
わたしとセレーナは顔を見合わせて笑った。
「だってわたしたち」
「冒険者ですから!」
◆
翌日のこと。
いつも通り学校の授業は行われた。昨日の街での出来事がウソだったかのように、平穏だった。
エスノザ先生の白魔術のクラスは、実践授業だった。
教室の前で、シルクハットに手をやり、エスノザ先生が言う。
「今日は強化魔法のひとつ、硬化魔法の実践を行う。各々、隣の人に魔法をかけ、手で釘を打てるか確認してみなさい」
えーっ、というみんなの声が教室に響く。
手で釘を打つ? そんなこと、到底できそうにない。
(なかなか面白そうな試みではニャいか)
にゃあ介が言う。
「やるほうの身になってよ。手に穴開いちゃう」
これは結構難しそうだ。いや、それよりも……。
隣の人――わたしはセレーナの顔を見る。
変な魔法かけちゃったら、どうしよう。これは失敗できないぞ。
「隣の人の腕が、石のように硬くなるのをイメージして、こう唱えます。『ハーティン』」
ハーティン、ハーティン……。わたしは噛まないようにぶつぶつ練習する。
そうしている間に、各自の机の上に、釘と分厚い木の板が配られる。
「では、はじめてみなさい」
エスノザ先生の号令で、教室中で魔法の掛け声が上がり始める。
優しい声や、がなり声、誰かは奇声としか思えない声を上げている。
双子のミムとマムは、どっちから魔法をかけるかで、ずっと揉めている。しまいには、二人同時に「ハーティン!」と唱え、釘を叩いて二人同時に叫び声を上げていた。
見る限り、成功している生徒はまだいないようだ。
それらに気を取られていると、セレーナが言った。
「それじゃ、私からいくわよ、ミオン」
「え、あ、うん」
「手を出してくださる?」
わたしは座ったまま、セレーナの側にある左手を出す。
セレーナは椅子に座ったまま、わたしの左手の上で両手をかざす。そして、
「ハーティン!」
と、叫ぶ。
魔法がかかったか確かめるため、わたしは、左手で釘を叩いてみる。
「うっ、痛い」
「そ、そう? ……だめかぁ。集中力不足なのかな」
がっくりとうなだれるセレーナ。
ため息をついてうつむき、いかにも自信喪失してしまっているようだ。
その様子を見ていられなくて、わたしは言った。
「待って、セレーナ。魔法が効いてきたみたい」
「え?」
わたしは歯を食いしばって手のひらで釘を打つ。
「ほら!」
ばんっ。
「!」
……痛い。
「本当だわ、すごい。やった!」
喜ぶセレーナを見て、痛いけれどわたしも嬉しくなる。
(……無理するなミオン。魔法なんて効いていニャいんだろ)
ちょ、ちょっと黙ってて。
「何か無理してない? ミオン」
セレーナが心配そうに言う。
「そ、そんなことないよセレーナ。ほら」
わたしは泣きながらバンバンと釘を叩いてみせる。
「やめて、ミオン! 泣いてるじゃない! それに釘だって全然入っていってないわ」
セレーナがわたしの手を掴んで止める。
「だって……」
わたしは涙声で言った。
「ミオンのバカ。無理しなくていいってば。……それより、さあ、交代して」
「うん……」
今度は、セレーナが右手を出す。
「さあ、私に魔法をかけて」
「わかった」
わたしはセレーナの手に向かって、魔法を唱えた。
「ハーティン!」
「よーし」
セレーナが腕に力を入れ、釘を打つ。
「むぐっ」
釘は板に入らない。
セレーナは振りかぶって、もう一度釘を打とうとする。
「やめてセレーナ、変な声出てる!」
「……残念。打てないわ」
「うん。この魔法、ちょっと難しいね」
(ちょっと待てミオン、何か忘れてニャいか?)
え?
(魔法につきものの、アレ、やってニャいだろう)
と、いいますと……?
(わかっているくせに)
「ミオンさん、アレ、やらないんですの?」
セレーナが言う。
(ほらみろ。彼女も言っているではニャいか)
「何のことかな?」
「決まっているでしょう! 素敵な呪文、唱えてくださいまし」
うーん、やっぱりやらないとだめなのか。
あれ、ちょっと恥ずかしいんだけどな。
「さあさあ、早く早く!」
セレーナの目が期待に輝く。
仕方ない。やるか。
ま、わたしも嫌いじゃないしね。
わたしは、目を閉じると、呪文を口にする。
「来たれ白き風、無垢なる身體に祝福の天衣を……ハーティン!」
ラノベ「ロード・トゥ・イノセント ~スラー降臨篇~」に載っていた強化魔法の台詞だ。
セレーナが息を吸い込む音が聞こえる。そして……
うそみたいにスッと、釘は板の中へ入っていった。
セレーナは片手で、軽々と釘を打っていた。
「すごいわ、ミオン! 全然痛みを感じない!」
おおーっ、という歓声が上がる。
ミムとマムがセレーナの手に触りに来て、
「カッチカチ!」
「カッチカチ!」
と驚いている。
しばらく釘打ちを試した後、不思議そうに手をさすると、
「やっぱり、あなたの唱える呪文、とっても素敵」
そう言って、セレーナは「来たれ白き風……」と繰り返し唱え始めたのだった。
◆
午前の講義が終わり、昼食の時間。
「あ、いけない」
食堂へ向かう途中、わたしは羽ペンを教室に忘れてきたことに気づいた。
「ごめんセレーナ、先行ってて」
わたしは、そう言うと、教室へ引き返す。
「ちょっと、にゃあ介、教えてよねー」
(何故ワガハイが羽ペンのことまで見張っていなければならニャいのだ)
「冗談よ、冗談」
教室へはいると、机の下に羽ペンは落ちていた。それを拾い上げ、また食堂へ向かう。
「さ、急がないと」
廊下を走る途中、とある部屋の前で足が止まる。
「ん?」
中から話し声が聞こえる。
「先日の、学園都市での襲撃事件ですが……」
「……!」
わたしは思わず扉に耳を近づける。
どうやら、先生たちが集まって会議をしてるみたい。
「単発の衝動的事件だったということはありえませんかな?」
「馬鹿な! 魔物があそこまで組織だった行動をするなど、ありえない」
「背後で糸を引いているものがいるとしか……」
「エスノザ先生、めったなことを口にするものではない」
「校長、こうなった以上、こちらも人員をさいて調査に乗り出すべきでは」
「そんなことをすれば、ヴィクトリアス家の二の舞になるぞ!」
「えっ?」
わたしは思わず声を上げる。
ヴィクトリアス家? ヴィクトリアスってたしか……。
(まずい、ミオン、見つかるぞ)
にゃあ介に言われ、わたしは慌ててその場を走り去った。




