第三十八話 街での事件
「ミオン、今日もお買い物、行くの?」
次の休日のこと。談話室でセレーナが話しかけてきた。
お買い物か。行きたいけれど、手持ちがそろそろ……。
「うん、えっと……」
わたしは自分の全財産の入ったずた袋を確認しようとした。
そのとき、ポケットから光るものが落ちた。
「あら、それは何?」
「……ああ、これ、ギルドのランクバッジ」
慌てて拾い上げる。
「ギルド? ミオン、登録してるの?」
「あ、うん、一応、冒険者として。魔物狩りして、買い取ってもらったりしてたんだ。まだFランクだけど……」
「私も行く」
「え?」
「私も登録する」
「そ、そう? ギルドへ行けばすぐだと思うけど」
「うん、そうする」
急にギルドに登録したい、なんて、どうしたのかな?
「でも、セレーナはギルドに登録する必要ないんじゃない? お金にも困ってなさそうだし……」
「いいえ。私ももっと強くなるために狩りをしたいわ」
(……あの様子を見るニャ。もしかすると……)
セレーナはバッジを食い入るように見つめている。
「うそでしょ?」
まさか、バッジがかっこいいから、とかいう、子供みたいな理由じゃないよね?
「早く行こう」
セレーナに急かされて、わたしは、冒険者ギルドへ向けて出発した。
セレーナはギルドで、もじゃもじゃ頭の、太った女性――リンコさんというらしい――に、冒険者として登録をしてもらった。
「こちらが冒険者の証のFランクバッジになります」
「ありがとうございます」
セレーナはバッジを受け取ると、長い間それを眺めたあと、ポケットに入れた。
「行きましょ」
「うん」
ギルドを出てからも、セレーナは一分おきにポケットに手を突っ込んでは、
「……ふふ」
と笑っている。
やっぱりバッジが欲しかったのね、セレーナ……。
お嬢様育ちのセレーナに、こんな一面があるんだ。
なんだか、親近感を感じるなあ。
わたしがほほえましく思っていたそのとき、唐突にどこかで爆発音がした。
「何かしら? 今の」
「わかんない。あっちの方から聞こえたけど」
わたしは道の先、商業地区の北の方を指さす。
(ミオン、用心しろ)
どういうこと? 何か、事件なの?
(わからニャいが、妙な匂いがする)
やがて通りがさわがしくなりはじめた。
ギルドから出て右手、道の向こうで人だかりがしている。
怒声とも悲鳴ともつかない声が上がっているが、何と言っているか聞き取れない。
何人かの人がこちらへ、走ってきた。
そのうちの一人がこう叫んだ。
「魔物だぁっ」
わたしは耳を疑った。
え? こんな街なかに、魔物?
だがそうしている間にも、通りの向こうから、人がどんどん走ってくる。
セレーナが言う。
「行こう、ミオン」
「うん」
わたしたちは、人の流れに逆らって、爆発音の聞こえた方向へと急いだ。
駆けつけたわたしたちが見たものは、地面に転がり、つぶれた果物や魚などの商品。
見るも無惨に破壊された家々から上がる煙。
そして……そこに群がる魔物たちの姿だった。
たくさんのゴブリンが家を壊し続けている。それに見たこともない魔物もいる。
逃げまどう人々を避けながら、わたしは、その有様を信じられない思いで見つめていた。
「これは……一体どうなっているの」
「わかんない。でもなんとかしなきゃ!」
しかし、魔物の群は、数十を数えた。
どうしよう、にゃあ介。
(うむ……さすがに我々だけでは多勢に無勢……)
でも、放っておいたら、街が滅茶苦茶にされちゃう! そんなの絶対だめ。許すわけにはいかないわ。
わたしが、一歩前へ踏み出すと、にゃあ介が言った。
(待て、ミオン、はやまるな)
だって、このままじゃ学園都市が!
せっかく魔法学校に入学できて、さあこれから魔法を学ぼうっていう時に、街が破壊されるのを放っておけっていうの? できっこない!
(そんなことは言っていニャい。ちょっと待て、と言ったのだ)
え?
(見ろ、この街のことを思っているのはお前だけではニャいようだぞ)
わたしが振り向くと、そこには、武器や防具を携えた何人もの人々が、集結しつつあった。
「見ろ、魔物だ!」
「何てことを」
集まってきたのは、どうやら、ギルドからやってきた人たち。
冒険者たちだった。
「くそっ、どこから入り込んできたんだ」
「おい、あんなのに好き放題させておくわけにはいかん!」
「行くぞ、野郎ども!」
冒険者たちは、武器を構えると、勇敢に魔物たちの群れへ突っ込んでいった。
「ミオン、私たちも」
「うん、行こう。わたしたちだって、冒険者!」
「遅れをとるわけにはいかないわ」
私とセレーナは、他の冒険者たちと共に魔物の群れへ向かって走り出した。
商店を荒らしていた魔物たちが、接近するわたしたちに気付く。
棍棒を構えたゴブリンが、こちらへ襲い掛かってくる。
わたしたちは剣を抜く。
ゴブリンが棍棒を横薙ぎに振り抜いてくる。
「やっ!」
わたしは腰を落として避けながら、すり抜けざまに短剣を払う。
続けて跳びかかってくるゴブリンが振り下ろす短剣を、横に飛んで避ける。
「はっ!」
間髪入れずにセレーナが上段から一閃し、ゴブリンを両断する。
次々と襲い来る魔物たちを向かい打ちながら、わたしはセレーナに言う。
「そうだ、いいこと考えた」
「何?」
セレーナが、ゴブリンにとどめを刺しながら訊ねる。
「魔法で魔物を狙い撃ちできないかな?」
「魔法で?」
「うん。ここからなら敵の居場所を把握しやすいし」
「たしかに……」
セレーナもうなずく。
この場所なら、建物の壁を上ったり、商品を荒らしているゴブリンを一度に見て取ることができる。
ここから遠隔で倒すことができれば、効率がいいのは間違いない。
「やるだけやってみる」
「うん。私はミオンの詠唱の間、魔物から援護するわ」
(そううまくいくだろうか?)
にゃあ介は懐疑的みたい。
だけど、いいアイデアだと思ったわたしは、例によって呪文を詠唱し、炎の魔法を放った。
「ダークフレイム!」
手から放たれた火の玉が、空気を裂いて飛んでいく。
壁を上っていた一匹のゴブリンを狙ったつもりだった。しかし――
「危ない!」
魔法は、ゴブリンを逸れた。
わたしの放った炎は、ゴブリンを追っていた戦士風の男性を掠めて、建物の壁に激突した。
「うおっ!?」
爆風に目を瞑りながら、その冒険者が叫んでいるのが聞こえる。
「何だ? また新手の敵か?」
わたしは青くなった。
もうちょっとで、あの人に命中していた。
(……やはりまだ早いようだニャ)
「せ、セレーナ……」
わたしは振り返りながら言った。
「やっぱ、まだ早かったみたい。もっと魔法のコントロールの練習をしてからでないと」
「そ、そうね」
セレーナを見ると、セレーナも真っ青になっている。
「やっぱり、剣でいくしかないか」
「ええ」
気を取り直してわたしは言った。
「よし、行きましょ、セレーナ」
わたしたちは剣を抜くと、魔物の群れめがけて走り出した。




