第三十七話 魔力
「一体どういうことなんだろう……」
放課後、校長室へ向かいながら、わたしは腑に落ちない思いでいっぱいだった。
(ヒネックは、高負荷の下で練習したはずだ、と言っていたニャ)
「そんなの全然してないよ」
(いや、魔法の練習はしていたではニャいか)
「え? 練習って、あの、ラノベの真似事のこと?」
そう言われれば確かに、練習はしてた。けど、高負荷ってどういうことだろう。
(ふーむ……もしかすると)
「何かわかったの、にゃあ介?」
(元いた世界では、魔法は使えなかった)
「うん。それは知ってる。さんざん試したし、誰かが使ってるのも見たことない」
(それが、魔法が使えないのではなくて、魔法が発現するのに非常に高負荷がかかっているという可能性はニャいか? 初日にショウグリフの言っていたとおり、魔法は練習すれば練習するほど強くなる。おそろしく魔法の発生しにくい世界で、何とか発生させようと頑張ったことが、知らず知らずのうちに功を奏したのではニャいか)
「つまり、魔法のほぼ使えない世界で、魔法を練習したことが、逆に魔力を強める結果になった……?」
(さあニャ。そうかもしれんし、そうではニャいかもしれん。どちらにしても、ミオンには強い魔力があるようだ)
学校の最上階の扉の前で立ち止まる。
ここが校長室か。
一体、何故呼び出されたんだろう。
もしかして、わたし、退学させられる?
ノックすると、中から声が聞こえた。
「開いておるよ」
ヒネック先生の声じゃない。じゃあ、校長先生の声?
わたしが扉に手をかけるよりはやく、パッと扉が開いた。中からヒネック先生が姿を現し、わたしを中へ引っ張り込んだ。
校長室には、ヒネック先生の他にひとりの子供がいた。
金色の髪のその女の子は、まだとても幼く見えた。
あれ、校長先生どこだろう? 確か、声がしたけど。
この子、校長先生の孫とかかな?
「ガーナデューフ校長」
「どうしました、ヒネック先生」
威厳ありげにそう答えたのは、目の前の子供だった。
「え?」
わたしがきょとんとしていると、
「驚いたかな? 私が本学の校長ぢゃ」
子供は背中に手をやって、にっこりと笑った。
「こ、この子が校長?」
「見くびってもらってはこまるの。こう見えても、齢は百を超えておる」
子供……いや、校長先生は、にこにこと笑いながら言った。
「で、用は何かな?」
ヒネック先生が話し始める。
「この娘が魔法で……」
わたしは、とっさに頭を下げ、叫んだ。
「ごめんなさい。水がめは弁償しますから、退学にしないでください!」
すると、校長先生は目を丸くして、
「なんと、水がめを壊したのかな」
「ええ、壊した、というか、水がめごと溶かしたというか」
「ほう、それはすごい」
「校長、もしかすると、この娘なら……」
「何が言いたいのかな、ヒネック先生」
「?」
退学させられる訳じゃあない? だけど、わたしは先生たちが何を話しているのかわからなかった。
「もしかすると、この娘なら旧極魔法を使いこなせるかも……」
「ヒネック先生。それは言いっこなしぢゃ」
校長先生は、ヒネック先生をたしなめるように言うと、
「キミ、名前は?」
と訊ねてきた。
「ミオンといいます」
わたしが答えると、
「ミオンか。よい名前ぢゃな。まあ、難しいことは考えず、今はよく学び、よく遊べぢゃ」
「え、あの……」
戸惑うわたしに、校長先生は、
「元気よくやってくれ、ということぢゃ」
と、微笑みかけた。
◆
校門を出ると、セレーナがわたしを待っていてくれた。
「何の用だったの?」
「うーん、何かよくわかんなかった」
実際、校長先生とヒネック先生は、何の話をしていたのだろう?
「そう、じゃあ、帰りましょ。ところで……」
セレーナは待ちきれないとばかりに切り出す。
「あの呪文、教えて。ミオン!」
その目はやばい光を放っていた。
こ、これはとても断ることはできない……。
「……ことあたわん……ことあたわん」
セレーナは、わたしが教えた呪文を、帰り道、ずっとぶつぶつと繰り返していた。
初めてラノベを手にしたときの自分を見ているようだ。
そうそう、わたしもこんな感じでどっぷりハマっちゃったのよね。
セレーナ、気をつけて!
中二病は、こじらせると、とても危険な病気よ!




