第三十五話 お買い物
「もう。魔法の実践はまだなのかしら」
わたしは寮の自分の部屋で愚痴をたれていた。
すぐにでも魔法の使い方を教えてもらえると思っていたのに、ひたすら座学座学。
「あーあ、はやく魔法使いたいなあ」
(急いては事を仕損じる。焦らニャい)
ベッドで仰向けに寝転がって手を伸ばし、天井を見つめる。
ここのところはずっと、基礎や魔法史、方法論などの講義を学んでいた。
今日は魔法学校は休みだ。七日間に一日だけ休みがある。その日は講義がなく、自由な時間を過ごしてよいということだった。
どうするか……。
がば、と起き上がってわたしは言った。
「気分転換にお買い物、行こ」
ぴょんとベッドから降りると、自分の部屋を出る。
談話室に通りがかると、セレーナが長椅子に腰掛けていた。
「ミオン?出掛けるの?」
「うん。ちょっとお買い物に行こうと思って」
「ふーん」
「特に予定があるわけじゃないけど、ウインドーショッピングみたいな感じで」
「う、ウインドー?」
「あ、冷やかしってか、見ながら考えようかな、と」
「あらそう」
「?」
「そうなの……」
(オイ)
ん?
(ひょっとして誘って欲しいのではニャいか)
え、そうなの?
(あの態度はそういうことだと思うが)
そうかな。
わたしはさりげなくセレーナを誘ってみた。
「セレーナも行く?」
「行く!」
間髪いれずにセレーナはそう答えた。
「何か買いたいものある?」
わたしがセレーナに訊ねると、
「そうね、羊皮紙が必要じゃなくって? 私、ずいぶん手持ちが少なくなってしまったわ。毎日講義のメモを取らなくてはならないもの」
「あ、そだね」
前の世界にいた頃からノートを取らない主義だったわたしには、まだ余裕があった。
だが、これからはセレーナを見習ってメモを取るようにするか。
商業地区を探索していると、一軒の古びた佇まいの文房具店が見つかった。
「『ギブルの文房具店』か」
その店に足を踏み入れると、古い紙と、インクの匂いが鼻をついた。
「へえ~、なんか落ち着く」
「ミオン、あったわよ、羊皮紙。それに羽ペンも買っていこう」
そんな風にして、わたしたちは文房具を揃えていった。
◆
「あ」
ふと、通りかかったお店で、久しぶりにそれを見かけた。
干し肉や瓶詰めの木の実などの並ぶそのお店の、奥まったところに、それは置かれていた。
「ねえ、アレって……」
(おお、あ、アレは……)
「ごめんセレーナ、ちょっとここ寄っていい?」
「もちろんよくてよ。でも何を買うの?」
(ニャ! ミオンよ。まさかアレを買うのか)
わたしは、そのお店へ入っていき、奥の薄暗い棚にある、堅い棒状のものを手にとった。
「やっぱりそうだ」
わたしはそれを爪で弾いてみる。コン、コン、と高い音がする。
匂いを嗅ぐと、香ばしくておいしそうな香り。
「あら、それ、ブラックハネンを乾燥させたものね」
「うん、かつお節みたいな感じ」
「?」
「これ、削ってごはんにかけると美味しいんだ」
「ふ、ふーん? そんな奇抜な食べ方があるのね」
セレーナはしきりに感心している。
しかし、それを打ち消すようににゃあ介の声が頭に響いた。
(ニャハー、ミオン、感謝するニャ!)
◆
「そうだ、すり鉢とすりこぎが要るわ」
寮へ戻ろうと歩き始めたとき、セレーナが言った。
「薬草学で使うって言っていたじゃない?」
「あ、そうだっけ」
わたしたちは、すり鉢とすりこぎを買い揃えることにした。
それは、近くにあった雑貨店ですぐに見つかった。
「いやー助かったよ、セレーナがいて。わたし一人だったらすり鉢とすりこぎのこと、絶対に忘れてた。ありがとう」
「え……気にしないで。私だって買わなきゃならなかったんだから」
またどぎまぎしてる。
合格発表のときもそうだったけど、「ありがとう」に弱いな、セレーナは。
どうもお礼を言われなれていないらしい。
……ようし。
「ありがと、セレーナ」
「な、何よ」
「わたしが慣らしてあげる。ありがとありがとありがとー!」
「や、やめてー」
そんな風にじゃれ合いながら、寮に帰ったのは、すでに暗くなりかかる頃だった。




