第三十四話 学校生活3
「黒魔術担当、ヒネック」
痩せて、目に隈のあるその先生は、暗い声でぼそぼそと話した。
「黒魔術は、相手に悪い影響を与える魔術だ」
クックッ、とヒネック先生は笑った。
そこ笑うとこ? わたしは何だか怖くなった。
「最近は、炎の魔法を使って火をおこしたり、水の魔法で物を清めたりと、間違った使い方が流行っているようだが」
先生はまたクックッと笑って、言った。
「本来は、黒魔術は人を傷つける為にある」
何故か嬉しそうなヒネック先生は続ける。
「黒魔術は偉大だ。その力を借りれば、憎い相手を呪い、傷つけ、地獄へ落とすことすら可能だ。ただし、その場合、自分も地獄に落ちることになるだろうがな」
だめだ、この先生、好きになれそうにない……。
「それから、覚えておきたまえ」
わたしたちの方を指さし、言う。
「黒魔術で相手を打ち破ろうと思ったら、情けをかけてはならぬ」
ヒネック先生の目が光った。
「それが魔物であろうと、人間であろうとな」
◆
時の魔術の先生は、女性だった。
ベリーショートで、背が高く、どことなくサンエルモント冒険者ギルドの、サマンサさんに似た感じのかっこいい人だ。
「時の魔術のユナユナです。時の魔術では、時間を操る魔法を教えます。たとえば時魔法を覚えれば、時の流れを速くしたり、遅くしたり、といったことができます」
へえー、それはすごい! わたしは感心して、ユナユナ先生の話に聞き入った。
「時間とはそもそも、一方向に等速度で流れるものではありません」
うわ、何か難しい話始まった。わたしは聞き逃すまいと、必死で聞き耳を立てた。
「みなさんは今、時の流れを感じることが出来ますか? 自分が泳いでいるその流れを、実感として感じ取ることが出来るでしょうか」
ユナユナ先生は人差し指をぴんと立てて言った。
「それを知ることが、時の魔術の第一段階です」
それから、身体の周りに手をゆらゆらと動かし、
「自分の周りを流れる時の濁流を感じ取ることが出来たら、今度はそれに逆らって泳いだり、あるいは、さらに流れに乗ったりします」
と続けた。
「この授業では、まず、時間を形あるものとして実感することを目的に始めます。イマジネーションを働かせてください」
すう、と息を吸うと、ユナユナ先生は、言った。
「よろしいですか、ではまず目を閉じて――」
◆
「ふー、どうだった、セレーナ、ユナユナ先生の話、わかった?」
「すごく難しいけれど、興味深い話ね」
時の魔術の授業が終わり、セレーナと話しながら薬草学の教室へ向っていた。
その途中、一人のおじさんが、生徒に注意しているのが目に入った。
「だめだよ、ちゃんと校章をつけなきゃあ」
「はーい、すみません、シュレーネンさん」
シュレーネンと呼ばれたその人は、黒魔術のヒネック先生よりも痩せていて、風が吹いたら飛んでいきそうな感じだった。
生徒に注意はしていたが、にこにこと笑顔で、物腰の柔らかい人だ。
「すみません、あの人は?」
わたしは先ほど校章のことで注意を受けた生徒さんに訊いてみた。
「ああ、あれは用務員のシュレーネンさんだよ」
「へえー、用務員さん」
わたしは、シュレーネンさんのにこにこ顔を見つめながら、ヒネック先生の笑い方とは、だいぶ違うなあ、と思った。
◆
薬草学は、エオル先生が担当だった。
黒いふちの眼鏡をかけたエオル先生は、大分年を召して見えた。
「世界には、何種類の植物があると思いますか?」
エオル先生は生徒たちに訊ねた。
「一千種? 一万種? いいえ、十万種を遙かに越える種類の植物が存在します」
エオル先生は目を見開いて、言った。
「何と壮大な数字でしょう! それらを選び、組み合わせた数は、もはや、数えることすらままなりません」
やや興奮気味だったエオル先生は、深呼吸してから、静かに言った。
「それらの組み合わせが作り出す、不思議な効果を持つ薬の数々。この授業では、それらを一つずつ、可能な限りたくさん学んでいきます。みなさん、頑張りましょう」




