第三十三話 学校生活2
午前の授業が終わると、食堂へ移動する。食堂は何百人も一度に入るほど、広い。
どこかの大聖堂のように、天井は高くアーチ状になり、いくつもの大きなシャンデリアがぶら下がっている。
そこでみんなで昼食を食べるのだ。
昼食は学校が用意してくれる。商業地区に委託しているようだ。
今日のメニューはナタデヘッツマメのスープにブラックハネンていう魚をボイルしたものとパンだって。
食堂には大きな長テーブルと椅子がずらりと並んでいる。わたしとセレーナはそのうちの一つに腰を下ろした。
「いっただっきま~す」
食べ始めてすぐ気づいた。
セレーナのマナー。その上品さに感心せざるを得なかった。食器の音を全然立てないし、顔の位置がほとんど動かない。
きっと、味噌汁で納豆ごはんをかっこんだことなんて、ないんだろうな。
(ミオンの食べ方とは大分ちがうニャ)
失礼ね。にゃあ介だって犬食いじゃない。
(ワガハイは犬じゃなくてネコである)
はいはい。
じーっとセレーナを見ていると、
「何か顔についているかしら?」
セレーナが不安そうに訊ねてきた。
「いや、食べ方、きれいだなと思って」
「な、なんですの、急に」
「きちんとした家なんだろうなあ。好き嫌いとかもなさそうだよね」
わたしが言うと、
「そんなことありませんわ。ちゃんと嫌いなものもありましてよ」
と、セレーナは何故か勝ち誇ったように言った。
「私は、ジョルピカが苦手でしてね」
「じょ、ジョルピカ?」
わたしが聞き返すと、セレーナは不安そうに言った。
「え、ご存じないんですの、ジョルピカ」
とっさにわたしはこう答えた。
「も、もちろん知ってるよ。あれでしょ、食べるやつ」
「……? ミオンさんは嫌いなもの、ないんですの」
「嫌いなもの、結構あるよ。小さい頃からピーマン苦手」
セレーナは目をぱちくりさせ、言った。
「ぴ、ピーマン?」
「あ、そうか、知らないよね。ごめん」
わたしが慌ててそう言うと、
「もちろん知ってますわ」
セレーナは言った。
「あの、オルピ酒で煮るとおいしいやつね」
「お、オルピ酒?」
こんな感じで、いつまで経っても終わらない。
わたしたちはお互いの文化の違いを痛感したのだった。
◆
「どうも、白魔術担当の、エスノザです」
次の授業の先生を見て驚いた。
それはあの乗り合い馬車に居合わせたシルクハットの紳士だった。試験監督をしてたから、先生なのだろうとは思ったけど……。
白魔術の先生だったんだ。エスノザっていうのか……。
「白魔術とは、何か」
エスノザ先生はゆっくりと話し始めた。
「人を癒やし、人の補助をするのを主とした魔法です。極稀に例外もあるが、人に危害を加える魔法は、やはり少ない」
こほん、と咳をして、
「編入生のみなさんは、頑張ってついてきてください。まあ、受かったのは優秀な人ばかりなので大丈夫でしょう」
そのときだった。教室の後ろの方で声があがった。
「先生! 優秀な人ばかりとはかぎらないと思います」
その気取ったしゃべり方に聞き覚えがあった。振り向いて確かめるとやっぱり、ケインだ。
ケインは、椅子から立ち上がって、右手を挙げている。
「どこかの獣人は、筆記テストでほぼゼロに近い点数を取ったらしいですよ」
教室に、ぷっ、と笑いが起きる。わたしは、顔が赤くなるのを感じた。ちょっと、あいつ、みんなの前で!
「受かったのは、何かの間違いではないでしょうか」
ははは、と笑いが大きくなる。
わたしは拳を堅く握りしめて、震えているしかない。
(ミオン、黙って言わせておいていいのか)
だって、本当のことだもん……。自分でも受かったのが信じられないくらいだし。
「それでは」
代わりに話し始めたのは、エスノザ先生だった。
「キミは、馬より速く走れるかね」
「え?」
「目にも留まらぬ速さで跳び回り、屋根より高くジャンプできるのかね」
「それは……」
「部分だけを見て、他人を見下すのは、愚か者のすることだ」
ケインは、何か言いたげな様子だったが、ムスッとした顔で腰を下ろした。
「さて、それでは授業をはじめましょう」
わたしは、一気にエスノザ先生のことが好きになった。




