第三十一話 アルトリーチェ寮
ガーリンさんの鐘つき機の整備を終えて、塔から降りると、セレーナが言った。
「そうだ、事務棟へ寄っていかないと。入学手続きをするの」
「あっそうか、そんなの完全に忘れてた」
あぶないあぶない。受かったのに浮かれて、入学手続き忘れるとか笑えない。セレーナがいてくれてよかった。
「じゃ、行こう」
わたしは、セレーナと一緒に事務棟へ向かった。
事務棟の前には、試験に受かったらしい何人かの生徒がいた。
事務棟へ入ると、受付にいたのは、受験票をもらったときと同じ金髪のお姉さんだった。
「合格者さんですか? おめでとう」
お姉さんはにっこり笑ってくれた。
「ありがとうございます!」
わたしとセレーナは同時に答える。
「わたしは事務のエイサ。これから、よろしくね」
「よろしくお願いします!」
またセレーナと同時に答える。
「うふふ。仲がいいのね。あなたたちは双子じゃないんでしょう?」
「あ、違います……」
セレーナが恥ずかしそうに言う。
「さっきね、双子の女の子たちが来たの。あなたたちよりも、もっと声が揃っていたわ」
「その子たちも新入生ですか」
「そう。あなたたちと同じよ。……確か、ミムちゃんとマムちゃんだったかな」
「へえー」
「さて、入学手続きね。とりあえず、今、入学金を頂くことになるけど、いい?」
「はい」
「わかりました」
「じゃあ、金貨一枚頂きます」
き、金貨一枚……やばい、だいぶ懐が寂しくなってきた。
「これが校章となります。学生の証明となりますので常に持っていて下さいね」
エイサさんから校章をもらう。魔法陣を模しているようだ。まわりにあしらわれた文字のような模様はルミナスって書いてあるみたい。
手続きを終えるとエイサさんが言った。
「それから、寮の場所を説明するわね」
寮! そうか、入学したら寮生活になるんだ。宿代、結構かさむから、助かる。
「今空いている女子寮は、アルトリーチェ寮ね。場所は、正門から出て右手の……」
それに、セレーナや他の生徒たちと、一緒に暮らせるんだ!
エイサさんの説明を聞きながらも、わたしは興奮を隠せなかった。
◆
(ここなら遅刻しないですみそうだニャ)
にゃあ介の言うとおり、寮は学校からほど近いところにあった。
白壁にオレンジの屋根だ。
校章と同じ模様のついた扉の前で、わたしたちと同年代の女の子が迎えてくれた。
ベリーショートの赤毛が印象的な、背の高い子だった。
「新入生よね。ここは、アルトリーチェ寮よ。ついて来て」
その子について寮へ入る。少し廊下を歩くと、赤毛の女の子は左手の、ある部屋へ入った。
中は思っていたより広く、長椅子がいくつかと、真ん中に丸テーブル、壁には暖炉がしつらえられている。
ちょっと薄暗いのを除けば、すごく居心地の良さそうな空間だ。
長椅子のひとつに、二人の女の子が座っていた。顔も髪型もそっくり。きっと、エイサさんが言っていた、ミムとマムだ。
わたしたちが入ると、二人はぴょこん、と立ち上がった。二人はわたしより頭ひとつ背が小さいようだった。
「じゃあ、自己紹介するね」
赤毛の女の子が、話し始めた。
「私は監督生のミリア。よろしくね」
「あ、よろし……」
わたしが口を開きかけたときだった。
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
背の低い二人が同時に叫んだ。間違いない。双子だ。
「よろしく。この二人は、双子の……」
「ミムです!」
「マムです!」
二人は元気よく答えた。
やっぱりそうだ。わたしは思った。
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
また同時に叫ぶミムマムは、エイサさんの言うとおり、すごく声が揃っている。
微笑ましいけど、ちょっと、声が大きすぎるかな?
「どうも、私、セレーナと申します」
セレーナがスカートをちょんと持って挨拶する。
「あ、わたし、ミオンです」
すると、双子は同時に頭を下げ、また叫んだ。
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
わたしは、かろうじて耳を塞ぐのを我慢した。
「ここは、みんなが集まる団らん室。いつ使ってもいいけど、夜は静かにね。今からあなたたちの寝室に案内するわ」
監督生のミリアはそう言うとわたしたちを先導して歩き始めた。
◆
寮では、一人ひとりに、小さい個室があてがわれた。
中は、小さな机と椅子、それからベッドだけの、そっけない部屋だった。
壁には窓があり、青いカーテンがかかっている。
「わー味気ない」
寮のベッドは、ちょっと固いけれど、大きさは十分だった。
わたしはそこに腰掛け、
「ふー」
とひとつ溜息をつく。
忘れていた合格の喜びがまた襲ってきて、にやにやが止まらなくなる。
「うふ。うふふふふふふふふふふ」
小さい頃からの憧れだった、魔法学校にとうとう入れた。
わたし、夢が、叶った。
すると、
(いや、まてまて)
とにゃあ介の声。
(とりあえず入学はできたが、これがゴールではニャいぞ)
「冗談冗談。大事なのはこれから」
(そうニャ。ここはスタート地点にすぎぬ)
「ちょっと浮かれてた」
(ま、多少は仕方がニャい。合格したんだ。喜ぶなという方が無理だろう。学生生活を満喫するといいニャ)
「ありがとうにゃあ介。……前の世界では高校生活を楽しむ間もなく、すぐ死んじゃったからね。でも、わたし、勉強も頑張る」
(うむ。All work and no play makes Jack a dull boy.ということわざもあるニャ)
「……ネコのくせに英語までしゃべるのやめてくれる?」
(日本ではこう言う。よく遊びよく学べ。どっちも大事な学生の務めニャ)
「ネコの方がわたしより頭いいよう……自信なくすわ……。――とにかく」
わたしはぐっと拳を握って誓った。
「魔法を学んで、きっと大魔道士になる!」




