第三十話 ガーリンさんと東の塔
「こっちだ、ついてきてくれ」
ガーリンさんはそう言った。
わたしとセレーナは顔を見合わせる。
ガーリンさんはもう、構内をさっさと歩き始めている。
「待って、ガーリンさん」
あわててガーリンさんの後についていく。ガーリンさんは左に折れて、校舎を回り込むように歩いた。
たどり着いたのは、校舎の東にある塔の前だった。
足下に、長すぎる影が落ちている。見上げると、首が痛くなるくらいに、高い。
「入ってくれ」
わたしたちは、言われるまま塔の中へ入った。中は薄暗く、すこしかび臭かった。
「さあ登ってくれ」
わたしとセレーナは、また顔を見合わせると、螺旋状になった階段を登り始めた。
石で出来ているらしいその塔は、ところどころに窓がついていて、光を取り込むようになっている。上の窓にたどり着く度に、目線が上がって、学園都市の住宅区が見渡せるようになってきた。
「ミオン、お前さんは受かると思うとったよ」
階段を登りながらガーリンさんが言う。
「ほんとですか?」
「ああ。初めに会った時に……なんというか……普通の子じゃねえと感じた」
わたしは少しどきっとする。……異世界の人間てバレたわけじゃないよね?
「長年守衛をやっとるが、学校に入りたいと大声で懇願されたのは初めてだ。わっはっは」
……ああ、そういう意味の普通じゃないね。ホッとしたようながっかりしたような。
「校門前で頭を下げたまま、テコでも動かない様子だったからの。いやー、まいったまいった」
隣でセレーナがジト目で見ている気がする。
それにしても……高いなあ、この塔。
わたしたちは、はあはあふうふういいながら、塔を登った。この階段、永遠に続くんじゃないかと思い始めた頃、ようやくてっぺんについた。
上からの眺めは最高、と言いたいところだったが……最上部は妙な装置に埋め尽くされていた。
少し遅れて、ガーリンさんがやってきた。息を切らしたドワーフのガーリンさんは、手に何か袋を持っている。
「どうだ」
手を広げて周りを見るように促す。何故か自慢げだ。
わたしは改めて最上部にある、鐘のまわりに巡らされた、装置のたぐいを眺めた。
「うわあ……」
さまざまな歯車や針金などが複雑に入り組んだそれは、機械オンチのわたしにとって、見ているだけで頭が痛くなってくる代物だった。
その機械は大きさが数メートル四方もあり、塔の最上階のほとんどを占めてしまっていた。
「こいつはワシの最高傑作だ」
「ガーリンさんが作ったの?」
ガーリンさんは肩を揺らして笑いながらうなずく。
これで自慢げだった訳がわかった。
「ガーリンさん、何なのこれ」
右手の人差し指を鼻の前で立て、ガーリンさんは言った。
「自動鐘つき機さ」
「自動鐘つき機?」
「そうだ。これは機械時計と繋がっていて、時間になると、自動で鐘を鳴らすんだ。学校の授業にはこれが必須だ。ガーナデューフ校長も褒めてくだすった。すごいだろうが」
「すごい」
わたしは素直にそう思った。隣でセレーナも感心のため息を漏らした。
「それで、わたしたちに手伝ってほしいことって、なーに?」
「この自動装置の整備だよ。どうも、ここんとこ調子が悪くてな」
「え、そんなのムリじゃん……」
「心配するな、ワシの指示通りやってくれりゃいい」
ガーリンさんは、袋の中から、色々と道具を取り出し始めた。
わたしも見たことがある、ドライバーやスパナっぽい器具や、見たこともないへんてこりんな器具など。
ガーリンさんがそれらを取り出す様子は、喜々としていて、まるで子供みたいに見えた。
それからわたしたちは、ガーリンさんの指示に従って、機械の整備を始めた。
「そいつをこれで押さえててくれ、次にそっちを引っ張って……あぶない! そこに触っちゃ、いかん!」
そんな風に、油まみれになりながら、わたしとセレーナは悪戦苦闘した。
しばらく機械の様子を見ていると、突然ガーリンさんが、言った。
「おや、どうもここいらの部品が原因らしいな」
ガーリンさんはそういうと、カチャカチャと装置をいじり始めた。
しばらくして、
「ふむ、おい、そいつを繋いでみてくれ」
わたしが言われたとおり、針金を歯車に繋いだ瞬間だった。
ごおん、と、塔が揺れるほどの轟音が響いた。
いや、実際に揺れている。
思わず耳をふさぐわたしとセレーナ。
(ぐわ)
頭の中で、にゃあ介の呻きが聞こえる。ネコは耳がいいから、つらいよね。
ひとり嬉しそうなのは、ガーリンさんで、
「がはは、どうやら直ったわい!」
そう高笑いすると、ガーリンさんはかわいい我が子でも見るかのように、愛おしそうに機械を見つめた。
「どれ、見せてやるか」
わたしたちが一息ついていると、ガーリンさんが言った。
「ここからの眺めは格別だぞ」
ガーリンさんに促され、機械の脇にある階段を昇る。
「うわあ……」
昇った先に開いた窓は、ちょうど時計の文字盤の上にあるらしかった。
今まで狭くて窮屈な場所にいたが、急に視界がひらけ、頭が軽くなったような気がする。
わたしとセレーナは並んで立ち、景色を眺める。
遠くに山がそびえ、稜線が左右に続く。わたしたちのいる魔法学校から、赤、緑、オレンジの屋根が扇を広げたみたいに並んでいた。
「すごい」
わたしが圧倒されていると、横でかちり、と長針が動いた。
下を覗くと時計の文字盤が見える。下からだとあんなに小さく見えたのに、近くでみるとこんなに大きいんだ。
「これからわたしたち、この魔法学校で学ぶんだね」
風が眼下の木々を微かに揺らしている。
雲のない真っ青な空を、名前を知らない鳥が数羽、飛んだ。
「そうね。よろしくね、ミオン」
「よろしく! セレーナ」




