第二話 私、転生した。
ええっと、何だっけ?
あ、そうか。
わたし、死んだんだ……
わたしは光の中にいた。温かく、懐かしい感じのする光。いつかどこかで、わたしを包んでいた記憶――。
顔を巡らすと、光の外側に地平線が見えた。
眼下には山岳地帯が広がっている。たくさんの木々と山々、その間を流れる河川がどんどん後ろに過ぎ去っていく。
わたしはどうやら、猛スピードで空を飛んでいるらしかった。
ここが天国なのかしら。ずいぶん地球と似てるわね。でも、すごく緑が多くて、自然豊かないいところみたい。
山が来て、遠のく。川が来て、遠のく。流れる景色が恍惚状態を引き起こす。
どこからか声がきこえる……。
(予定が狂ってしまった)
予定? 予定って?
(本来なら、お前をあそこで死なせるはずではなかった)
何のこと? あなただあれ?
(仕方ないので、お前を別の世界に転生させることにした)
え、何? 転生ってどういうこと?
(だが、ちょっとした手違いで、ひとつの体にふたつ入れてしもうた。まあ、運命と思ってあきらめてくれ)
ちょ、ちょっとまって。何のことだかさっぱり……
目を開ける……と、強い光が目に入る。ここは天国?
いや、太陽だ。太陽が眩しい。
あれ、わたし、生きてる?
陽差しに照らされて、視界の左で緑の葉っぱが揺れている。目をやると、鬱蒼と木々の生い茂る森がそこにあった。右側はなだらかな斜面。
「……えーっと」
もう一度目を瞑り、手の甲で瞼をこする。
「わたし、たしか家の前でトラックに……」
再び目を開いても、やっぱりそこは見覚えのない森の前だった。
思考がまとまらずに、ぺたんと座り込んだまましばしぼーっとする。
降りそそぐ陽差しが暖かい。小鳥たちのさえずりがわたしの耳をくすぐる。
「……ここが天国か」
そのとき、左側の木々の奥で、ガサガサという音がした。
「誰? そこに誰かいるの?」
天使かな。そう、天国なんだからきっと天使が迎えに来てくれたんだ。
「はじめまして天使さん、このたびはどうも……」
――だが。
森の中から現れたそれは、天使とは似ても似つかない代物だった。
黄色い目に緑の肌、尖った鼻、尖った耳の、人のようで人でない見たこともない化け物。
「え? え? 何あれ。嘘でしょ」
だけど、嘘でも何でもなかった。そいつは、黄色い目でギロリ、とこちらを睨むと、口を開ける。その牙からよだれが垂れた。
やっぱり、化け物。
「ちょ、ちょっと待って。ありえない」
次の瞬間、その化け物がこちらに向かって走り始めた。
「ぎゃあっ。こっち来ないで!」
わたしの願いも虚しく、化け物は、よだれを垂らしながら駆けてくる。
わたしは遅ればせながら走りだす。けれども、足がもつれて上手く走れない。追いつかれるのは目に見えていた。
なにこれ聞いてない。こんなことなら、あそこで、轢かれて死んでた方がマシだったじゃない!
足を取られて転んだ。振り返ると、化け物がすぐそこまで迫っている。
起き上がって逃げようとするが、足がすくんでいうことを訊かない。
ダメだ。わたし、マジでまた死ぬんだ。
目の前が暗くなり、絶望がわたしを包んだ。
そのときだった。わたしの身体に、何かが起きた。
全身の毛が逆立つ。体中を、熱い血が駆け巡る。
ついさっきまで脱力感で一杯だったわたしは、すっくと立ちあがった。いや、正確には立ち上がったとは言えない。手足を地面につけたまま、背中を高く持ち上げる。
――そして四つん這いのわたしは、唸り声を上げた。
「フーッ!」
ザッという音と共に足元に砂埃が舞う。次の瞬間、わたしは化け物の背後に立っていた。
化け物の喉から血しぶきが上がる。わたしの爪が裂いたのだ。
そして化け物はわたしが元いたはずの場所を見つめたまま……絶命した。
ハァハァ……ハッ?
わたし、今、魔物を倒した? ……ネコみたいに。
わたしは、そのままその場にバタッと倒れこんだ……。