第二百九十五話 鉄則
冒険者は三人。
だが傷を負っているのか、一人はうずくまり、戦闘できる状態ではない。
それを二人がかばうように魔物たちに対峙しているが、彼らもまた相当なダメージを負っている。
「マミー2、グール2、それに……シェオルゾンビ。アンデッドばかり……どうなっているんだ」
ヒネック先生が言う。
「たしかに妙ですね……しかし、今考えている暇はない」
魔物たちは新たな人間の出現に気づいたようだ。
標的を変え、こちらへ迫ってくる。
エスノザ先生は、
「マミーとグールはそれほどでもない。気をつけるべきはシェオルゾンビです」
そう警告する。
たしかに、四匹の魔物は明らかに動きが遅い。しかし一匹は、機敏に動き回っている。
「来ます! 気をつけて!」
わたしたちは武器を構え、攻撃に備えた――。
◆
アンデッドたちとの戦闘は、なかなかに苦しいものだった。
シェオルゾンビの素早さは、尋常ではなかった。
なんとか勝利をおさめたが、戦いの中でエスノザ先生が傷を負った。
「大丈夫ですか、先生」
わたしは先生の怪我を見る。
かすり傷程度ではあるが、左腕に血がにじんでいる。敵の攻撃が掠ったのだ。
「心配いりません」
エスノザ先生は、治癒魔法を自身にかける。
わたしは床の上のシェオルゾンビを睨む。……今は、剣で両断され、見るも無残な姿だ。
それまでわたしたちの戦闘を呆然と見ていた冒険者が、我に返ったように、
「……あ、ありがとう。助かった」
と言う。
戦士らしき若い青年だ。
「若さゆえの慢心か。実力に見合わない深さまで潜るべきではない」
ヒネック先生が剣を納めながら言う。
「そういうものは勇気とは言わない。無謀というのだ」
「……魔物に追われて、ここまで迷い込んでしまったんだ」
そう言う青年にエスノザ先生は、
「今すぐ引き返しなさい。幸い、私たちが道中の魔物を退けてきているので、遭遇することは多くないでしょう」
「……すまない」
彼らは、倒れている仲間を肩に担ぎ、引き返そうとする。
三人の冒険者は流血し、足を引きずり、今にも倒れそうだ。
わたしは彼らに駆け寄ろうとする。
「何をするつもりですか」
エスノザ先生の声が、わたしを制止する。
「あの人たちに治癒魔法を……」
「いけません」
エスノザ先生が言う。
「自分たち以外に使う魔力はありません。他のパーティのために自分たちのリソースは使わない。この迷宮の鉄則です」
「でも……」
「他人の助けは受けられない。皆、それを承知で迷宮に挑んでいるのです」
わたしは、傷だらけの冒険者たちへ目をやる。
満身創痍という言葉を、とうに超えているように見えた。
彼らは、無事地上に戻れるだろうか。
「ごめんなさい!」
わたしはそう言うと、彼らに駆け寄る。
「――汝大なる精霊よ、聖なるいのちの宿り木よ、癒やしの光を今ここに」
治癒魔法を一人一人にかけていく。
冒険者たちは、
「す、すまない」
「ありがとう」
一様に驚いた顔でわたしを見つめ、言う。
「ミオンさん」
腕組みをして、わたしをじっと見つめるエスノザ先生に、わたしは言った。
「ごめんなさい、先生。でもわたし、魔力だけは自信あるんです」
そしてガッツポーズをして見せる。
「絶対、迷惑かけないって、約束しますから」
すると先生は、ふーっとため息を吐き、言った。
「やれやれ……困った生徒ですね」




