第二百九十四話 さらに迷宮
デスナイトは大剣を構えたまま、こちらを窺っている。
わたしは詠唱をはじめる。
「我求めん……」
エスノザ先生、ヒネック先生、リーゼロッテ、セレーナの四人が前へ出て、敵を引きつけてくれる。
「……汝の業天に麗ること能わん」
わたしの掲げる両手の先に、火球が育っていく。
デスナイトは両手で持った大剣を、上段から振り下ろす。
先生たちが横へ飛び、それを避ける。
床に大剣が叩きつけられるすごい音が響く。
普通だったら、手がしびれて動けないところだ。しかしデスナイトはものともしない。
もう一度剣を振りかぶる。
「今です!」
エスノザ先生の合図で、皆がわたしのために前を開ける。
「ダークフレイム!」
唱えると同時に炎の塊がデスナイトへと飛ぶ。
デスナイトは避けるのではなく、大剣で防ぐことを選ぶ。
(その選択は間違いニャ)
にゃあ介の声。
強力な炎は、触れるもの全てを焼き尽くす。
ゴォオオッと音を立てながら、デスナイトを包み込む。
やがて炎がおさまり……
「まだ立っているわ! こいつ、無敵なの?」
デスナイトはぴくりとも動かない。
「待て、何か変だ」
リーゼロッテが言う。
エスノザ先生が近づき、こん、と剣で触れる。
ドシャ……!
物言わぬデスナイトは、横ざまに倒れた。
「大剣ごと黒焦げになってます。すごいですね……」
エスノザ先生が、感心して言う。
セレーナとリーゼロッテもようやく警戒を解き、
「やっぱりミオンの魔力は段違いね」
「すごい迫力だったな」
とほめてくれる。……が、ヒネック先生は厳しい顔のまま、
「魔力を込めすぎだ。もっと相手に合わせた加減を覚えなくてはならん」
と不満そうだ。
わたしは頭を掻きながら、
「さ、水盆のところへ行きましょう?」
と誤魔化すのだった。
◆
水盆から流れ落ちる小さな滝。
その前に座り込んで、わたしたちは束の間の休息をとる。
(ミオン)
一時の涼やかな眺めに癒されていると、突然にゃあ介の声が聴こえた。
「なあに、にゃあ介」
(これは仮説ニャのだが……)
「ん?」
(……いや、まだよそう。あまり気分のいい話ではニャい。今は体力の回復に努めるべきニャ)
「なによ? 気になるじゃない」
わたしは訊ねるが、にゃあ介は黙り込でしまった。
わたしはため息を吐くのだった。
「まったく。ネコは気まぐれなんだから……」
「さあ、そろそろ行きましょうか」
とエスノザ先生が言う。
「えー、もうですか?」
わたしはぶーたれる。
「あと三十分……」
すると、
「何を言うか、もう十分すぎるほど休憩しただろう」
「そうですよ。この調子では、迷宮内にいる間に日が暮れてしまいます」
ヒネック先生とエスノザ先生に言われてしまっては仕方がない。
わたしは名残惜しい気持ちを抑えて立ち上がる。
「ここから先は、さらに厳しい戦いになるでしょう。気を緩めずに」
先生の言葉に、わたしはパンパンと頬を叩いて気を引き締めるのだった。
◆
しばらく迷宮内を進む。
デスナイト以降、魔物とは遭遇していない。
「このまま、何も出なければいいのに」
わたしが言いかけたそのとき、前方の曲がり角の向こうから物音が聞こえてきた。
「来ますよ」
やがて姿を現したそいつは、巨大な体躯をした、全身が骨の戦士だった。
「おっきなスケルトン・ソルジャーが二体?」
「違う。よく見ろ」
大きさ以外に、スケルトン・ソルジャーと決定的に違う点があった。
わたしが二体のスケルトン・ソルジャーと遭遇したと勘違いしてしまった理由。
その戦士は腕が四本あり、それぞれの手に剣を握っている。
「よ、四刀流……」
唖然とするわたしに、エスノザ先生が言った。
「ボーンゴーレム。厄介なアンデッドモンスターです」
ボーンゴーレムは、威嚇するように四本の剣をガチンガチンと打ち鳴らしながら近づいてくる。
「ど、どうしよ? 四刀流なんて卑怯! どうやって戦えばいいの?」
(落ち着け。学校の授業でやったニャろ)
「授業でそんなの習ってないし!」
わたしはそう文句を言うが、
「授業で……なるほど」
リーゼロッテは納得する。
「相手は剣四本。だがこちらは剣四本と弓一張。数的優位というわけだ」
「ははあ」
わたしはようやく理解する。
「ひとり一本ってわけね……単純明快!」
そして、
「それじゃあ、わたしが右手を受け持つから、セレーナは左手。エスノザとヒネック先生はええと……右後ろ脚と左後ろ脚?」
(ネコの話みたいになってるニャ)
「と、とにかく、それぞれ分担して……いくよ!」
◆
なんとか戦闘を切り抜けたわたしたちだったが、かなり消耗していた。
「強かった……」
わたしは地面にへたり込む。
「あれだけ大振りな剣を振り回しながら、こちらの攻撃を全てかわしてくるんだからな」
眼鏡を取って汗を拭いながら、リーゼロッテが言う。
「動きを止めるのに、ずいぶん苦労しました」
エスノザ先生も、疲れた口調で言う。
「…………」
ヒネック先生は無言だが、肩で息をしている。
「でも、勝てました」
セレーナが言う。彼女の額も汗で光っている。
「四本の剣を食い止めている間にリーゼロッテの矢が脳天を貫いたもの。やっぱり数的優位が勝因ね」
皆、しばしの間、呼吸を整える。
やがて、エスノザ先生が言った。
「行きましょう」
◆
わたしたちはその後も迷宮内を進んだ。
ボーンゴーレム級の魔物と何体も戦い、倒した。
階層が深くなると、それ以上のクラスの魔物も現れた。
皆、かなり疲れているのか、言葉少なだ。
できれば、もう魔物は出てきてほしくなかった。
「でも、そうはいかないんだろうなぁ……」
わたしは諦め気味に呟く。
「来ます!」
先生の声に、
「やっぱそうだよね」
わたしは剣を握って身構える。
「……いや」
エスノザ先生の声が迷宮内に響く。
「――人がいる!」
傷だらけの冒険者パーティが、魔物に囲まれていた。




