第二百九十二話 再潜入
「さて、みなさん、いよいよ再潜入です」
わたしたちはダンジョンの入り口の前に立っている。
「とっとと行こう。いつまでも学校を休んでいると、校長に叱られるからな」
ヒネック先生は言う。
「……ヒネック先生って、校長先生には頭が上がらないよね」
「何か弱みでも握られているのかも」
わたしたちがヒソヒソ話をしていると、
「何か言ったか?」
「い、いえ! 何でもありません!」
ヒネック先生に言われ、ピンと背筋を伸ばして答える。
「今回は迷宮調査の完了を目指して、一気に最下層周辺まで行くつもりです。準備はよろしいでしょうか?」
その言葉に、わたしたちはうなずく。
「では、行きましょう」
エスノザ先生を先頭にして、わたしたちは歩き始めた。
◆
迷宮内部は、改めて見ると、本当に不思議な空間だ。
壁も床も天井も、全てが青白っぽい石で覆われている。
その石は魔力でわずかに発光していて、淡い光が照らす中、通路が迷路のように続いている。
「ちゃんとついてきていますか?」
早足のエスノザ先生は注意を促す。
「迷宮を舐めてはいけません。はぐれたら二度と帰れないと思ってください」
迷宮の壁を物珍しく検分していたわたしは、慌てて先生との距離を詰める。
「セレーナ、リーゼロッテ、はぐれちゃだめだよ」
(どの口が言うニャ)
にゃあ介がやれやれ、とため息をつく。
エスノザ先生、わたし、セレーナ、リーゼロッテ、その後ろをヒネック先生。
わたしたち五人は、慎重に、かつペースを上げて進んでいった。
◆
「おかしいですね……」
しばらく歩いたところで、エスノザ先生がつぶやく。
「どうしました?」
わたしが訊ねると、先生は振り返り、
「いえ、今日迷宮に入ってからというもの、魔物の姿が全く見えないのです」
「え……」
たしかに、言われてみるとそうだ。
ここまで通ってきた道で、魔物を一匹たりとも見かけていない。
「どういうことだろう?」
「ただの偶然ではなさそうだな」
リーゼロッテも首を傾げる。
「何が起きているんでしょうか」
セレーナが訊ねると、先生は、
「わかりません。ただ、異常事態なのは間違いない……あ! 来ましたよ」
言うと同時に行く手を指す。
「スケルトン・ソルジャーか」
ヒネック先生とエスノザ先生が剣を抜く。
「はっ!」
先生たち二人は同時に駆け出す。
エスノザ先生がエストックを突き出す。
スケルトン・ソルジャーは盾で身を守り、その攻撃を防ぐ。
ヒネック先生が守りの隙をつき、剣であばらを叩き切る。
(ニャるほど……ふたりはそれぞれ右利き、左利きのようだニャ)
「へ? ヒネック先生左利きだったんだ」
なおもスケルトン・ソルジャーは剣を振りかぶり、ヒネック先生に斬りかかろうとする。
間髪入れずエスノザ先生が敵の肩を刺突すると、スケルトン・ソルジャーは大きく体勢を崩す。
(左利き、右利きがそれぞれの立ち位置を受け持ち、攻撃的な陣形を形作っているニャ)
「ほぇ~、なるほど」
すかさずヒネック先生が間合いを詰め、剣を薙ぎ払う。
頸椎を断ち切られたスケルトン・ソルジャーの首は、宙へ跳んだ。
しばし沈黙の後、首を失った骸骨戦士の胴体は、がらがらと音を立てて崩れ落ちた。
「あざやか!」
わたしたちは、ぱちぱちと拍手をする。
「先生方、見事でしたわ!」
「ああ、二人ともピッタリ息が合っていた」
「……うるさいぞ」
ヒネック先生が機嫌悪そうに言う。
エスノザ先生はぽりぽりと頭を掻く。
「ほんとに、全然ブランクを感じさせない連携だったよね!」
「……無駄口を叩いている場合じゃない、新手だぞ」
ヒネック先生の言葉に、振り返る。
「スケルトン・ソルジャーが1、2、3……」
「数が多いな」
わたしとセレーナ、リーゼロッテは顔を見合わせる。
「先生、ここはわたしたちに任せてください!」
そう言うと、わたしたちは前に出る。
「ふたりとも、いい? リーゼロッテ、お願い」
「ああ、任せろ」
リーゼロッテが弓を構える。
矢筒から矢を抜き取り、弓につがえて引き絞る。
キリリ、という弦の音。放つと矢勢よく真っ直ぐに目標へ飛んだ。
「うん、やはりいい弓だ」
リーゼロッテは矢を次々と射始める。
「汝、冬の精霊よ……」
スケルトン・ソルジャーがリーゼロッテの牽制を防いでいる間に、わたしは詠唱を始める。
「冱てつく息吹もて打擲せよ――フローズンエッジ!」
わたしの手から放たれた氷の魔法は、スケルトン・ソルジャーの群れへ襲い掛かる。
凍えるような冷気が、スケルトン・ソルジャーを足元から凍てつかせていく。
「セレーナ!」
「ええ!」
わたしとセレーナは、スケルトン・ソルジャーたちへめがけて走り出す。
スケルトン・ソルジャーたちは、標本のように凍り付いて、動けない。
「はっ!」
身動きのとれなくなったスケルトン・ソルジャーの首を、
わたしとセレーナの剣が次々と跳ね飛ばしていく。
「セイッ!」
頭を失った胴体が床へ倒れ込むと、凍り付いたその身体はガラス細工のように砕けていく。
「これで最後!」
最後の一体が音を立てて砕け散ると、わたしたちのまわりに立っている者はいなくなった。
わたしたちはあたりを見回し、満足気に頷いた。
「ふぅ……えへへ。先生、どうでし……あいたっ」
「このばか者!」
ヒネック先生にコツンと頭を殴られる。
「いたぁい……ど~して?」
わたしは涙目で頭をおさえる。
「スケルトン・ソルジャーに氷魔法を使うものがあるか!」
先生は怒って、
「おまえの魔力なら、わざわざ剣でとどめを刺さずとも火炎魔法で倒せていたはずだ!」
と言う。
「まったく、使い方がなっとらん……」
ヒネック先生はぶつぶつ言いながら、歩き出す。
エスノザ先生はぽりぽりと頭を掻くと、言った。
「とにかく進みましょう。諸々の異変……下部階層に何か原因があるのかもしれません」




