第二百九十話 潜入準備
ギルドを出た後しばらく、わたしたちは無言だった。
異常発生した魔物――アンデッド――正体不明のネクロマンサー。
コンラッドから聞いた話が、脳内をぐるぐると回る。
「みなさん、分からないことを考えていても仕方ありません」
エスノザ先生が明るい声で言う。
「私たちは私たちのなすべきことをするだけです」
しばらく沈黙。
「そうですね!」
わたしも努めて明るい声で言った。
うん、考えても分からないこと、考えるだけ損、損!
「次はどこへ向かいましょうか」
わたしが訊ねると、エスノザ先生は、
「新しい武器を仕入れたいですね。私の剣は古いもので、ずいぶん刃こぼれがしていますし」
と言った。それを聞いて、
「じゃあ、武器屋ですね!」
自然と、声が弾む。
わたしにはルミナス・ブレードがあるけれど、武器屋と聞いただけでテンションが上がるのだった。
◆
ミレゥザの街は、迷宮の周囲に発達した商業都市だった。
多くの建物は石造りで、通りにはたくさんの店が軒を連ねている。
人通りも多くて活況を呈しており、露店も多い。
「安すぎる。銀貨4枚じゃないと売れん」
冒険者たちが、剣などの武器を露店のカウンターに広げ、店主とやり取りしている声が聴こえてきた。
「銀貨3枚だ。これ以上は出せんな」
「ちっ、ケチおやじめ。ほら」
冒険者の男はそう言うと、銀貨を受け取って立ち去っていく。
「ああやって迷宮で手に入れたアイテムや魔石を売って、新しい武器などを購入したりするんです。それで生計を立てているものもいる」
「へえー、なんか昔わたしがやってたゲームみたい!」
(熱中しすぎて、ワガハイのご飯もよく忘れられたニャ)
「そ、そうだっけ?」
わたしはこほんと咳払いして、話題を変える。
「武器屋って言っても、たくさんあるね。先生、いい店知ってますか?」
エスノザ先生は顎へ手をやり、
「どうでしょう。昔私たちが来た頃とは、店も様変わりしていますから」
「う~ん」
「かつて上級冒険者御用達の店があった、その場所へ行ってみましょう」
エスノザ先生についてしばらく歩くと、大きな建物が見えてきた。
「あれがそうでしょうか」
セレーナが呟く。
「そうです。まだあったんですね」
懐かしそうに先生は言う。
見上げると、年季の入った文字で、『トッド武具工房』と書かれた看板が掲げられていた。
エスノザ先生が扉を押し開けると、すこし薄暗い店内に、剣や槍などが所狭しと並べられているのが見えた。
「あの頃とちっとも変わってない。なあ、ヒネック」
「…………」
ヒネック先生は無言のまま、エスノザ先生の後ろから中へ入る。
「いらっしゃ……」
カウンターの奥にいた店主らしき初老の男性が、こちらを見て絶句する。
「うそだろ」
「久しぶりだね、トッド」
「エスノザ!」
男性は目を大きく開いて、
「本当に、エスノザか」
カウンターから出てくる。
「ヒネックも! 二人とも元気だったか?」
「ああ。トッドも元気そうだね」
「ぴんぴんしてら。……ところで、その子たちは?」
「魔法学校の学生さ」
「魔法学校の? なんでまた……」
「説明すると長くなる。また今度、積もり積もった話をしようじゃないか」
エスノザ先生はそう言うと、店内を見回して、言った。
「トッド。十数年ぶりだが、私たちにまた武器を見繕ってくれないか」
それを聞いたトッドの顔には、みるみるうちに満面の笑みが広がる。
「もちろんだとも。久しぶりに骨のある冒険者が来たんだ。腕が鳴るぜ」
嬉々として、トッドは奥の棚へ向かう。
「今はどんな得物を使ってるんだ?」
「私のは少し古くなってしまってね。切れ味のいいやつが欲しいんだが」
「こいつはどうだ?」
そう言いながら、二本の大振りな剣を持ってくる。
「悪くないが、もう少し細身の方がいいな」
「そうか。それじゃ……ちょっと待ってろ」
トッドが次に持ってきた剣を、先生が受け取る。
鞘から抜くと、長い錐のような形状をした細い剣だった。
「エストックか。懐かしいですね」
「よく使ってたろ」
くるり、くるりと回しながら、先生はその刀身を眺める。
「うん、これにしよう」
「まいどあり。……あと、こっちの剣はどうだい? ヒネックにぴったりだと思うが」
そう言ってトッドが差し出したのは、中くらいの長さの直剣だった。
ヒネック先生は手に取って、ためつすがめつしてみる。
「両手片手、どちらでもいける。ちょっと扱いにくい代物だが、器用なお前なら……」
「……もらおう」
「よし! さて、そちらのお嬢さんたちだが……」
壁に並んでいた様々な武器を、よだれを流しつつ眺めていたわたしは、
書かれていた値段を見てあわてて答える。
「あ、わたしはこのルミナス・ブレードがあるんで大丈夫です」
「私も、エリクシオンで十分です」
わたしとセレーナは、それぞれ自分の武器を手に取る。
「そうか……。ふむ、どちらもいい剣だ」
ちょっと残念そうに、トッドは言う。
「君は? ……ほう、弓使いか!」
リーゼロッテの背中の弓を見て、トッドは目を輝かせる。
「いい弓が入ったところなんだ。まあ、見てくれよ」
トッドが持ってきたのは、赤い色が印象的な、小型の弓だった。
「きれいな弓だな」
リーゼロッテが眼鏡をかけ直し、まじまじと見つめる。
受け取って弦を張り、
「これは……」
リーゼロッテが呟く。
「いいだろう? 射手の意志を汲み取るかのように、矢が放たれるまで微動だにしない。小型ながら剛健かつしなやかなんだ」
「…………」
リーゼロッテはじっと弓に見入っている。
「リーゼロッテ、気に入った?」
「小型だから、取り回しがしやすそうよね」
リーゼロッテは呟く。
「……かわいい」
「えっ」
わたしとセレーナは思わず動きが止まる。
「そ、そういう理由?」
リーゼロッテのかわいいもの好きな趣味を忘れていた。
「だが、高いのではないか?」
リーゼロッテが心配そうに言う。
「そいつは特別な一品だからな。だが、エスノザとヒネックの仲間だ。可能なかぎり安くしとく」
値段を聞いたリーゼロッテは、小袋から金貨を出してひい、ふう、みいと数えていく。
「……すこし厳しい」
「……だよね。わたしたち、迷える苦学生だもの」
リーゼロッテは肩を落とす。
「なんだ、足りないのかい? だったらそっちの引率者に頼んでみたらどうだい」
トッドはニヤリと笑って親指で指し示す。
「ん?」
急に振られたエスノザ先生は眉を上げる。
わたしたちはじーっとエスノザ先生を見る。
「可愛い教え子たちが困ってるぞ。助けてやらなくていいのか?」
先生はわたしたちの顔を見る。
リーゼロッテは弓を抱えたまま、先生を見つめる。
「参りましたね……」
エスノザ先生はぽりぽりと頭を掻くと、言った。
「相変わらず商売上手だな、トッド」
「毎度あり!」
威勢のいい声を張り上げるトッド。
やれやれ、と苦笑しながら自分のお金入れを覗き込むエスノザ先生を見て、
「くっくっく」
ヒネック先生が笑った。




