第二百八十八話 情報収集
翌日、わたしたちは朝早く宿を出た。
迷宮潜入の準備のためと、ダンジョンで起きている異変の情報収集を兼ねて街へ繰り出したのだった。
「朝からすごい人出だね!」
わたしは驚く。
「この街は一日中活気があるのだな」
リーゼロッテが言う。
「ダンジョン内は昼も夜もあって無いようなものですから、お店もいつでも開いてるところが多いんです。さて、情報収集ですね」
エスノザ先生が言った。
「まずはギルドですかね。あそこで情報を集めるのが、やはり一番早いでしょうから」
「そうですね。じゃあ冒険者ギルドへ行きましょう。ヒネック先生もそれでいいですか?」
わたしが訊ねると、ヒネック先生は、
「……好きにしろ」
とぶっきらぼうに答える。
自分は行かない、というヒネック先生を、わたしたちは無理やり連れだしたのだ。
朝のミレゥザの街は、相変わらず活気に満ちていた。
大通りに面したお店や露店からは、
「おい、傷薬はいらないか? 安くしとくよ!」
「兄ちゃん、この剣見ていかないか? 掘り出し物だぜ!」
などという威勢の良い声が、いくつも重なりあって聞こえてくる。
そんな喧騒の中を、わたしたちは冒険者ギルドへ向かった。
◆
冒険者ギルドに到着する。
受付の前を通り抜け、酒場へ向かう。
このギルドは一階の奥と、二階全体が酒場になっている。
一階では、数人の冒険者たちがジョッキを傾けていた。
「みんな、朝からできあがってるねー」
「本当は、ああいう連中のいるところへ、君たちを連れて来たくはないのですが」
エスノザ先生が言う。
「気にしないでください。冒険者ギルドはああいう人たちばかりなので、慣れっこですわ」
「そうだとも。むしろ酔っぱらっているほうが口が緩くなって、情報収集には向いている」
セレーナとリーゼロッテが言うと、先生は小さくため息をつく。そして、
「仕方ない、では訊きますか」
と言った。一方、ヒネック先生は、終始無言だ。
エスノザ先生はシルクハットの帽子を脱ぐと、冒険者たちが飲んでいるひとつのテーブルへと向かう。
「やあ、ここ空いてるかい?」
「何だ?」
顎髭を生やしたその冒険者は、怪訝な顔でエスノザ先生を見る。
「その首飾り、ハツカ村のものだね」
「お前さん、ハツカを知ってるのか?」
「ああ、数年前に訪れたことがあるんだ。一杯おごらせてくれ」
冒険者は打って変わって、笑顔になる。
「そうかい! まあここへ座れよ」
エスノザ先生は顎髭の男に促され、椅子に座る。
「いやあ、あの村に来たことがある奴なんて久しぶりに会ったぜ」
顎髭の男はよほど嬉しかったのか、エスノザ先生の肩を叩いて、がははと笑う。
「あいつは昔から、ああやって取り入るのがうまいんだ」
「へえ……ちょっと意外」
エスノザ先生の意外な一面を知る。
「俺ぁもう十数年も前にあの村を出てきたんだ。鐘つき堂のすぐ隣の家の……」
「ヘッツマメ畑に囲まれた鐘楼だね」
「そうさそうさ! なんせ貧乏な村だからな。毎日毎日マメ刈ってばっかりだ」
男はぷふーっと大げさにため息を吐く。
「それに飽き飽きして、ここへ一山当てに出てきたってわけさ」
「確かにここには、一攫千金の夢があるからね」
「ところで最近、ダンジョンで異変が起きているという噂があるそうだね?」
「ああ、その話か」
と、うなずいて、
「まずモンスターの数が異常に増えてる。それに」
冒険者はぐびり、とエールを飲み干して言う。
「深い階層へ行った奴らは、今までいなかった種類の魔物が現れたって噂してる」
「今までいなかったって、どんな魔物ですか?」
テーブルのそばまで来ていたわたしは、思わずそう訊ねる。
「なんだ? お嬢ちゃん。こいつの娘か?」
エスノザ先生とわたしは目を合わせて、ぽりぽりと頭を掻く。
冒険者は珍しそうにわたしをじろじろ見ながら、
「……分かんねえ。俺はそこまで深く潜らないんでな。他のやつに訊いてみるといい」
「すみません、ここへエールを一杯」
エスノザ先生が店員に酒を頼むと、冒険者はうれしそうに、
「二階にいる、コンラッドってやつに訊いてみな。オレンジ色のモヒカン頭だ」
そう言った。
「やつは俺らの知り合いの中じゃ、一番深く潜る」




