第二百八十六話 伝説のパーティ
わたしたちはエスノザ先生の後ろ姿を追う。
ミレゥザは、夜になっても人の数が多い。その流れをかき分けながら、わたしたち三人は後をついていった。
「どこに行くんだろう」
わたしは二人に話しかける。
「さあ……。夕飯でも食べに行くんじゃないか?」
ミレゥザの大通りを人波に紛れながら、エスノザ先生を見失わないようにこそこそと追いかける。
「エスノザ先生は、ヒネック先生の後を追っているんじゃないかしら」
そんな話をしているうちに、エスノザ先生はある建物に入っていく。
それは、昼、わたしたちが訪れた冒険者ギルドだった。
◆
わたしたちは先生の後を追って、ギルドの中に入る。
「どこかな、先生」
わたしはギルド内を見回す。
「あっ、いた」
エスノザ先生は二階への階段を上がるところだった。
わたしたちが二階へ上がると、酒場の椅子に座ろうとしているエスノザ先生が見えた。
そして、そのテーブルの向かいには、ヒネック先生が座っていた。
エスノザ先生の姿を見上げ、ヒネック先生が言う。
「なぜ、後をついてくる?」
「別についてきたわけじゃない。たまたま、お前が私の行く先にいただけだ」
エスノザ先生はそう言うと、ウェイトレスにエールを頼む。
ヒネック先生は、気に入らなそうにそっぽを向く。
わたしたちは階段の途中から頭だけを出して、そっと様子を窺う。
「二人とも、無言で飲んでるね……」
わたしはささやく。
「ヒネック! エスノザ!」
そう声をかけたのは、ギルドマスターのブルーノだ。
二人のテーブルへやって来ると、
「迷宮から戻ったんだな」
と言いながら、空いていた席につく。
「二人と酒を飲むのは久しぶりだ!」
ブルーノはそう言って、自分のジョッキをあおる。
「そうだな」
エスノザ先生が答えた。
「私ももう年だから、あまり飲まないようにしている」
「何を言う。まだまだ若いじゃないか。ヒネック、お前さんはどうだ?」
ヒネック先生は顔を上げ、眉間にしわを寄せて答える。
「俺はいつでも酔っているようなものだ」
「まったく……。この二人は昔からこうなんだからなぁ」
ブルーノは嬉しそうに笑う。
「あの頃はいつも先を行かれて悔しかったが、今思えば、それがお前たちのパーティでよかったよ」
懐かしそうに二人を見る。
「とにかく、十数年ぶりだ。今日はとことん飲むぞ!」
ブルーノがジョッキを掲げ、高らかに言う。
「かつての好敵手たちの再会に乾杯!」
そして三人はジョッキを合わせた。
と、別のテーブルの冒険者たちの声が耳に入る。
「エスノザ?」
「なに? あのエスノザ? 冗談だろ」
「いや、どうも本物らしい。……なんてこった、ヒネックもいるぞ」
「エスノザとヒネック! 何だって伝説のパーティの二人がここに帰ってきたんだ?」
わたしは先生たちに目を向けながら、その話し声に聞き入る。
「何だ? ヒネックとエスノザって。有名なのか?」
一人の冒険者が訊ねる。
「知らないのか? 迷宮の到達記録保持者だよ!」
「到達記録って……あの二人がか?」
「そうだ。もう十年以上も前の記録だが……未だに破られていない」
「そりゃすげえ、あの迷宮をたった二人で!」
「いや、それがな……」
冒険者は、声を一段低くして話す。わたしは耳に全神経を集中する。
「……パーティの一人が帰ってこなかったんだ。たしか、エリスって女だ」
「なんだって」
冒険者の一人が驚いた声を上げると、
「しぃーっ!」
と、もう一人の冒険者が注意する。冒険者たちはさらに声を落として話す。
「……死んだのか?」
「ああ。迷宮から戻ったのはヒネックとエスノザだけ。女は死んだ……それで、否応なく、そのパーティは伝説になったっていうわけさ」
聞いていた冒険者は、小さく口笛を吹く。
わたしはなんだかやるせない気持ちになった。




