第二百八十話 迷宮都市ミレゥザ
数日間、学校を休むと連絡して、わたしたちは慌ただしくルミナスを出発した。
迷宮都市ミレゥザへは、馬車と船を乗り継いで行かなくてはならなかった。
馬車の中で、わたしは話す。
「エスノザ先生には、依頼書は来なかったのかな?」
「同じように、かつて最深部へ到達したのだから、来たんじゃないかしら」
「そうだな。エスノザ先生はそのことについて相談しようと思っていたが、ヒネック先生は黙って先に行ってしまった……そんなところではないだろうか」
「そっかー。一人でダンジョンに向かっちゃうなんて、エスノザ先生も心配だよね」
わたしは馬車の窓から外の景色へ目をやり、言う。
「だって、その迷宮ではかつて、エリスさんが……」
その先は口に出せなかった。
「南東にある大陸の、さらに南の端っこなんだよね」
船の上で、わたしはつぶやく。
人の行き来が活発で、船は毎日出ているらしく、乗船に苦労はしなかった。
「船で丸一日かかるのか……。ちょっと遠いね」
「ええ。でもこれが最短なのよ」
セレーナの言葉に、わたしはうなずく。
「間に合うかな」
「エスノザ先生はまだ出発したばかりのはずだから、私たちとほぼ同時に港を出たことになると思うが」
リーゼロッテが言う。
「ヒネック先生は、半日以上先に出ているからな……」
わたしは思う。ヒネック先生を一人で行かせるわけにはいかない。
「やっぱり、急がないとね」
◆
夜、甲板に出ると、月が海を照らしていた。
「満月に少し足りないね」
わたしはつぶやく。
「どちらの世界にも、同じような衛星があるのには驚きだニャ」
「こっちの方が、ずいぶん大きいけどね。それに……ちょっと赤い」
わたしは、しばし黙り込む。
「ミオン、ニャにを考えている?」
「エリスさんのこと。……エリスさんは、今の先生たちのこと、どう思ってるのかな」
大きな月の前を薄い雲が流れる。
わたしは船の手摺に肘を乗せ、そっと目を閉じる。甲板の風は涼しい。
「死んでいるのだからどう思ってるも何もないニャろ」
「まー冷たい! ネコってそういう考え方?」
わたしはため息を吐くが、にゃあ介は涼しい顔だ。
「でも生きていたら、先生たちが、自分のために仲たがいしてること、喜ぶはずないよね」
「まあニャ」
手摺から身体を起こし、わたしは言った。
「エリスさんのためにも、早く先生たちを見つけなくちゃ」
◆
港町からさらに馬車を乗り継ぎ、ミレゥザに到着したのは、翌日の昼頃だった。
都市を取り囲む城門に、たくさんの人々が列をなしている。
「すごい人だねえ」
「みんな冒険者なのかしら」
「全員ではないだろうが、多くがそうだろうな」
「さすが迷宮都市!」
晴天に恵まれたミレゥザの街は活気にあふれていて、通りは人でごったがえしていた。
道行く人々の中には、一目で冒険者とわかるいでたちをしている者もいる。
その装備は様々で、いかにも駆け出しといった感じの冒険者もいれば、高そうな全身鎧に身を包んだ見るからに上級クラスの冒険者もいた。
「うわ、あの人つよそう」
中には、おとぎ話に出てくるような魔法使い然としたローブ姿の人物もいた。
が、やはりそういった魔法使いは少ないようだ。
通りには商店や屋台が立ち並び、武器防具を扱う店もたくさんあった。
「いっぱいお店が出てるね!」
(商人は武器や防具を売って稼ぐ。冒険者は装備を整え、ダンジョンで稼ぐ。それでこの街は活気があるのだろうニャ)
にゃあ介が言う。
「ふ~ん……ところで、先生たちはどこかな?」
「これだけ人がいると、見つけるのは簡単じゃないわね」
「まず宿を取って、落ち着いてから情報を集めるか?」
リーゼロッテはそう言うが、わたしは首を振る。
「ううん、もしかしたらもう、先生たちはダンジョンに潜入しちゃったかもしれないし」
「そうか」
リーゼロッテはうなずくと、こう言った。
「ダンジョンへ入るには許可が要る。まずは、ギルドへ行こう」
ミレゥザの冒険者ギルドは、街の中心近くにあった。
建物は石造りで、二階建て。
「大きいね!」
王都グランパレスに劣らない、大きなギルドだ。
入り口の上に掲げられた看板には剣と盾を組み合わせた紋章があり、その下に『ミレゥザ支部』とある。
中に入ると、順番待ちのたくさんの人がいた。
向こうの壁際にある受付カウンターまでずっと、大勢の冒険者が列を作って並んでいる。
「うわ、いっぱいいる!」
「これは時間がかかりそうね」
セレーナがつぶやく。
「もう……急いでるのに……」
仕方なくわたしたちは列に並ぶ。
壁へ目をやると、掲示板に討伐依頼らしき紙が雑多に何枚も貼り出されていた。
と、近くにいた大柄の男性が、わたしたちを一人ずつ見て、
「お嬢ちゃんたち、まさか冒険者じゃないよな?」
と笑う。
わたしはむくれて、
「しっけいな、こう見えてもわたしたち……」
冒険者バッジを取り出そうとしながら、わたしは言いかける。だが、その続きを呑み込んで、駆け出す。
「ミオン?」
「どうした?」
セレーナとリーゼロッテの声。
「割り込みしちゃ駄目だぜ」
という冒険者の言葉も耳に入らない。
わたしはたった今、受付の一番前にいる、その人に向かって一直線に走る。
目の前まで行くと確信し、わたしは叫んだ。
「エスノザ先生!」




