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第二百七十九話 調査依頼

 わたしたちは黒魔術の教室の前へ来ている。

 ヒネック先生は休みなので、この教室には誰もいないはずだ。


 扉を開けようとしたそのとき、


「あのバカ者が!」


 中から突然大声がした。


 わたしたちの目の前で、扉が開く。


 トレードマークのシルクハット。

 そこにはエスノザ先生が立っていた。


「一人で行くなんて」


 つぶやきながら、先生は早足で歩いていく。


「エスノザ先生!」

「どうしたんですか、先生」


 エスノザ先生は、わたしたちの声が耳に届いていないみたいに、廊下を猛スピードで歩く。


「せ、先生!」


 わたしが走って前へ回り込むと、初めて気づいたかのように、


「ミオン君」


 と、立ち止まる。


「セレーナ君、リーゼロッテ君」


 エスノザ先生は、わたしたち三人を見回し、


「……君たちははやく授業に戻りなさい」


 そう言うと、また歩き始める。


「先生……、先生は?」


 わたしが訊ねると、先生は振り返らずにこう答えた。


「私も、今日から臨時休暇です」




 その場に取り残されたわたしたちは、顔を見合わせる。


「先生、どうしたんだろう?」

「とにかく、中へ入ってみましょう」


 わたしたちは黒魔術の教室へ戻って、中へ入る。


「見て」


 セレーナが言う。

 先生の机の引き出しがすこしだけ開いていた。


「……どうする?」


 わたしは主のいない机を見下ろして言う。


「開けるしかないでしょう?」

「で、でも……」


 わたしはもじもじしながら、言う。


「セレーナ開けて」

「ミオンが開けなさいよ」


 ガラッ。


 わたしとセレーナが押し付けあっている横で、リーゼロッテが簡単に引き出しを開ける。


「わあリーゼロッテ。躊躇なしだね」

「他に選択肢はないだろう」


 中にはいくつかの書類が入っていたが、一番上の書類にわたしたちの目がとまる。


「これは……?」


 なにかの依頼書のようだ。


「ダンジョンの調査依頼? ……これ、どういうことかしら?」


 そこには、『下層にて異常発生の兆しあり』とある。


「異常発生?」

「あるとしたら、魔物の大量発生かしら……」


「その調査の依頼かあ。でも、なんでヒネック先生に?」

「まて、ここを見ろ」


 リーゼロッテが依頼書を指さす。

 セレーナが読み上げる。


「『かつてダンジョンの最深部へ到達した貴公に、是非、調査を依頼したく』……?」

「えっ、かつて最深部に到達したって……」

「つまり、このダンジョンというのは……」


 校長先生の話を思い出す。


「昔、ヒネック先生とエスノザ先生が、潜入した地下迷宮のことなんだ!」


 わたしは依頼書を見つめたまま言う。


「エリスさんと一緒に」




   ◆




「どうする?」

「そうね……ヒネック先生とエスノザ先生、二人とも行ってしまうなんて」


 廊下を歩きながら、リーゼロッテとセレーナが話している。


 教室へ戻ると、わたしは自分の席で荷物をまとめ始める。


「何をしているんだ、ミオン?」

「え? ああ、早く帰って地下迷宮に行く準備をしないとね」


 わたしが言うと、


「なんですって? あなた、まさか二人を追いかける気?」


 セレーナは驚いた声を上げる。

 そのとき、エオル先生が教室へ入ってくる。


「新しい薬草が手に入りましたので、今日はそれを煎じます」


「授業はどうするんだ? サボるのか?」


 リーゼロッテが、わたしの方を向いて小声で訊ねる。


「そうするしかないね。……どっちにしても、白魔術の先生と黒魔術の先生がいないんだから」


 わたしは布袋を担ぐと、言った。


「セレーナとリーゼロッテは、授業に出てて。わたし、行く」


 二人は顔を見合わせている。わたしは手を挙げる。


「先生! 早退します」


 教室中の目がわたしの方を向く。


「どうしました? ミオンさん」


 今しも新しい薬草を取り出して説明しようとしていた、エオル先生が驚いて訊ねる。


「すみません、体調がすぐれなくて……」


 すると、隣からこんな声が上がる。


「先生、付き添いが必要です。私も早退します」

「すまないが、私も」


 見ると、セレーナとリーゼロッテの二人が手を挙げている。

 その様子がおかしくて、わたしはこんな状況なのに、噴きだすのを必死で我慢しなくてはならなかった。


 生徒たちがざわつき、エオル先生が目を丸くする中、わたしたち三人はそそくさと教室を後にした。




   ◆




 慌ただしく寮へ帰り、準備を整える。

 といっても、わたしは着替えと、ルミナス・ブレードを持っていくくらいだ。


「さあ行こう」


 わたしは急いで部屋を出る。


「慌てすぎではニャいか? 急いては事を仕損じる」

「ううん。こうしている間にも、ヒネック先生が一人でダンジョンに入っちゃうかもしれない。エスノザ先生も、そう考えて臨時休暇を取ったんだろうし」


 すぐに、セレーナとリーゼロッテも談話室にやってきた。


「集合したね。行こう」


 わたしが言うと、リーゼロッテが制する。


「待て。ダンジョンへ行くのなら、装備を整えないと」

「え? みんな武器は持ってるでしょ?」


 リーゼロッテが自分の布袋から瓶を取り出す。


「回復薬だ」


 そう言って、わたしとセレーナに手渡す。


「薬草学で習ったものだ。試しに作っておいたのだが、役に立つかと思って」


 リーゼロッテは言う。


「治癒魔法が間に合わない場合もあるかもしれないからな」


 その言葉に、今からどんな危険な場所に行くのだろう、ということを改めて考えさせられる。


「……ありがとう、リーゼロッテ」


「場所はわかる?」


 セレーナが訊ねる。


「ああ。ダンジョンの依頼書を拝借しておいた」


 リーゼロッテが懐から書類を取り出す。


「わあ! 優等生のリーゼロッテが、先生の物、盗ってきちゃった!」


 わたしは驚く。


「授業はサボるし、物は盗むし……、もう不良だね」


「必要なことをしたまでだ」


 リーゼロッテは涼しい顔で言う。セレーナも、


「この際しかたないわ」


 と、肩をすくめる。

 わたしは笑う。やっぱり二人が来てくれてよかった。


 それから訊ねる。


「三人とも、準備はいい?」


 二人は黙ってうなずく。

 わたしは言った。


「行こう。先生たちを助けに」


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