第二百七十四話 エリスの場合3
私たち三人は、同じクラスになった。
性格もバラバラだった私たちだけど、一緒に魔法を学んでいるうちに、お互いを知り、どんどん親しくなっていった。
授業が終わると、いつも三人で集まっておしゃべりをした。
私たちの話題の中心には、決まって魔法があった。
「ねえ、この間、魔法学の授業でさあ……」
「白魔術の授業で、身体強化の魔法を習ったろう? あれはもっと有用な使い方があると思うんだ。釘を拳で叩く以外にもね」
「俺も、黒魔術は本来は攻撃の手段として使われるものだと思う。そりゃ、かまどに火を点けたり手を洗ったりするのも便利だが」
三人とも、それぞれの魔法のことについて話したがる。
「白魔術は奥が深い。とても面白いよ」
エスノザが言うと、
「黒魔術こそ、真の魔法だ」
ヒネックが応じる。
「もう、二人とも、仲がいいくせに喧嘩するんだから」
熱く議論を戦わせることもあったが、でもそれは、仲が良いからこそだった。
間違っていると思えば先生にも意見する私たち三人は、問題児とみなされることもあった。
けれど成績はすこぶる良かったので、先生たちもあまり強くは出られなかった。
一部の先生たちにとってはやりにくかっただろう。
◆
そんなある日のこと。
いつものように魔法議論を戦わせていた私は、あることに気づいた。
「議論だけしててもしょうがないわ。やはり魔法は実践が大事よ」
「というと?」
エスノザが訊ねる。
「あなた、治癒魔法を実際に使ったことがある? けが人を治したことが?」
「…………ここは平和だからね。そんな都合よくけが人は出ないよ」
「ヒネックもよ。黒魔法で実際に人を傷つけたことは?」
ヒネックはめずらしく戸惑った様子で答える。
「……ない」
ヒネックとエスノザは、顔を見合わせる。
「私もないわ。だから実践する必要がある」
「だけど、他人を傷つけるわけにはいかないよ」
「どうする気なんだ?」
私は微笑みながら言った。
「一番身近な実験台があるでしょ?」
◆
「なんてことを! 黒魔術を実際に人に使うなんて!」
結果から言っておくと、実験は大成功した。
私たちの誤算は、魔法を使うところを他の生徒に目撃されてしまったことだった。
今私たちは、学校の一室で、先生たちから説教を受けていた。
「君たち、勉強熱心はわかるが、ちょっとやりすぎだな」
苦笑いで済ましてくれる先生もいるが、そうでない人もいる。
「勉強熱心どころか! これは犯罪です!」
一番ヒートアップしているのは、白衣を着た女性教師だ。
潔癖の上、頭の固さで知られているこの人は、私たちのやったことがどうしても許せないらしい。
「一歩間違えば、人を殺していた!」
「そんなバカなこと。それほど強い魔力が私たちにあるわけありません」
私は思わず言い返す。
「いいえ! あなたたちは危険だわ。このままでは魔法学校の規律が乱れる。彼らの退学を提案します」
「待ってください」
ヒネックとエスノザも口を開く。
「確かに俺たちのしたことは、褒められたことではないかもしれない」
「しかし、僕たちの学んだ魔法は机上の空論ではなく、実際の人間相手に使って初めて、効果を発揮するものだと思います」
私たちは自分たちの意見を主張する。
しかし白衣の女性教師は聞く耳を持たない。
「いいえ、いいえ! 断固、退学です。みなさんそれが妥当だと思いますでしょう?」
他の先生たちに向かって同意を求める。
「まあまあ、落ち着いて」
口を開いたのは、それまで黙って成り行きを見守っていた、ガーナデューフ校長先生だった。
「たしかに、この子たちがやったことは、軽率だったかもしれん」
「ええ、軽率の極みですわ!」
「ぢゃが、他人を傷つけたわけではない。火傷を負ったのは自分たちなんぢゃし、それも白魔法で完全に治癒したではないか」
「しかしですね、校長……」
「勉強が真価を発揮するのは実践ぢゃ。それは魔法に限らず。先生たちもそれには賛成ぢゃろ?」
先生たちがうなずく。
白衣の女性は納得していないようだったが、
「君たちは、お仕置きとして、一週間、奉仕活動をしてもらうことにしよう」
校長先生がそう言うと、しぶしぶ引き下がった。
「手を抜いてはいかんぞ」
厳しい言葉を発しながら、ガーナデューフ校長は、私たちにしかわからないように、ちいさくウィンクして見せた。
◆
廊下の雑巾がけをしたり、トイレ掃除を手伝ったりしながら、私たちは話した。
「校長先生のおかげで助かったわね。私ガーナデューフ校長先生のこと大好き」
私が言うと、ヒネックとエスノザも、
「ガーナデューフ校長は素晴らしい先生だ」
「ああ。あの人は信頼できる」
と同意する。
「でも、ごめんなさい。私の提案でこんなことになって」
私は謝る。
「何を言う。君が悪いんじゃない」
「俺たちだって同意した。……気にするな。校舎を掃除するくらい、大したことじゃない」
「今回は大ごとにはならなかったけれど……」
私は言う。それは今回、深く学んだことだった。
「もし魔法を使ったことで、誰かが傷ついたとしたら、その責任を私たちは取らなければならないんだわ」
◆
とにかく、そんなこんなで、あっという間に時は過ぎ――
私たちは、魔法学校を卒業した。
卒業の日、いつまでも名残惜しく校舎を眺めながら、私たちはやはり三人一緒にいた。
「これからどうする?」
ヒネックが訊ねる。
「そうね……、私は生まれた村に戻るかしら」
「僕はどこかで魔法の研究を続けられたら、と思っているんだが」
するとヒネックは、
「――つまり二人とも、特に予定はないわけだ。ちょっと聞いてくれ。俺に考えがあるんだ」
「なんだ?」
「どうしたの?」
ニッと笑うと、ヒネックは言った。
「冒険者になる、っていうのはどうだ?」




