第二十六話 編入試験※挿絵あり
試験当日。
わたしは、なんとか遅刻することもなく、ルミナス魔法学校の門の前にいた。
受験生だと思われる何人かが、門をくぐり、敷地中へと入っていく。
物怖じするな。わたしも行こう。そう自分に言い聞かせ、ようやく覚悟を決める。
石のアーチをくぐって、石畳の道を歩いていく。緊張で手と足が同時に出そうになる。
「も、物怖じしない……」
初めて校舎に足を踏み入れる。
目の前にある階段の、赤絨毯に目がいく。滑らかで、高級そうな絨毯だ。
……やばい。やっぱり、授業料、高いかも。
いや、物怖じしないったら物怖じしない。そのために、ケイブワームを狩って、お金を貯めたんじゃないか。
「行こう」
みんなの後について、わたしは歩を進めた。
教室に入ると、ずらっと机が並んでいる。
すでに八割がたの席が埋まっていた。
セレーナはいないかな、と教室を見回す。
あ、いた。教室の向こうの隅に、くるくるの金髪。
おうい、セレーナ!
わたしは、声を出さずに手を大きく振る。
だめかぁ、気がつかないかな……。
そう思ったそのとき、セレーナはこちらを見た。わたしはまたブンブンと手を振り回す。
すると、恥ずかしそうな様子で、セレーナも控えめに手を振ってくれる。しかし顔を赤くしてすぐ前に向き直ってしまった。
セレーナのところまで行こうかな、と思ったが、もう時間だ。わたしは33番の机を探し、席につく。受験票と筆記用具を置いたあと、しゃちほこばって待った。
「それでは試験を始める」
と、教室に現れた監督者は、何とあの、馬車で乗り合わせた、シルクハットの紳士だった。
「え、あの人、先生だったの……」
わたしとセレーナが魔法学校の話してたとき、何も言わなかったじゃん……。
「これから解答用紙を配る」
と、とにかく、今は試験に集中よ。
動揺しながらも、わたしは、そう自分に言い聞かせた。
「はじめ!」
シルクハット先生の号令とともに、試験が始まった。
◆
わたしは、白い解答用紙の前で、ひたすら脂汗を流していた。
先生は、さきほどから問題文を繰り返し読み上げている。
「問1、ロックワームの主な生息地はどこか。
問2、オルム草を煎じて飲むと、どのような効果があるか。
問3……」
ふ、ふむふむ……なるほど?
――お、お手上げだわ。
わたしは茫然自失せざるを得なかった。学校の期末テストですら、ここまでの絶望感は味わったことがない。
こんなの異世界人のわたしには絶対不利だよ!
気を失いそうになりながら、わたしは少しでもわかる問題がないか、何度も何度も問題文を反芻した――。
だめだ。いくら考えてもわかるはずない。
にゃ、にゃあ介、助けて。何か分かる問題ない?
(ゲーテ曰く、自分一人で石を持ち上げる気がなければ、二人でも持ち上がらんニャ)
わかんない。つまりどういうこと?
(ワガハイに頼るんじゃニャい)
何よ! どうせ自分だって分からないんでしょ。
(天は自ら行動しない者に救いの手を差し伸べニャい。シェイクスピア)
天に頼んでないわよ。ネコに頼んでるの!
(…………)
にゃあ介は黙ってしまった。もう! 都合が悪いと知らんぷりするんだから!
でもどうしたらいいの。このままじゃ0点――
「そこまで!」
監督者のシルクハット先生の声が教室中に響く。
どぎり、と心臓が鳴る。終わった……。
「ペンを置いて!」
そうよそうよ。ペンを置くべきよあなたたち!
と、心の中で思う。時間だって先生が言ってるじゃない。
ペンを置くのよ、早く早く早く!
そんな無駄な願いを込めて、わたしはまだ手を動かし続けている者をにらみつける。
「ハァ……」
と、ため息が漏れる。性格悪くなりそう……。
「さて、解答用紙の回収が終わったら」
監督者さんが言う。
「実技試験を行う」
教室が、少しざわめく。監督者さんは、なだめるように、
「実技試験と言っても、簡単な体力測定みたいなものなので、心配なきよう」
体力測定! 思わず叫びそうになる。
……待ってました! やろうやろう、体力測定。
点数配分は、1:9にしましょうよ。先生。もちろん、筆記が1。実技が9!
ああ、どうでもいいから早く早く早く。
早くぅー!




