第二百六十二話 夜明け
「ミオン君、キミはいったい……?」
「あ、あはは。えーと……」
イェルサの稲妻の面々は、わたしの顔をじっと見つめてくる。
セレーナとリーゼロッテは、困った様子で顔を見合わせている。
ど、どうしよう、にゃあ介。
(ワガハイの出番は終わりニャ。あとはなんとか誤魔化しておいてくれニャ)
もう! 他人事みたいに!
「コホン」
わたしはひとつ咳払いをする。
「……ええと、わたし、極限まで追いつめられると、ネコ化しちゃうんです」
「ネコ化?」
ジェイクが不思議そうに訊ねる。
「はい。興奮すると、我を忘れちゃうというか」
必死で言い訳を考える。
「あの、ほら……」
わたしは自分のネコ耳を人差し指で指しながら、
「ネコ族の血が、騒いじゃって」
(くるしい言い訳だニャ)
「…………」
ジェイクは腕組みしながら、
「ネコ族の生態には詳しくないんだけど」
と話す。
「ネコ族って、みんなそうなのかい?」
わたしは答える。
「い、いえあの……多分わたしだけです」
「へえ……?」
「わ、わたしネコ族の中でも変わってて」
あたふたしながら話す。
(なんだか、今にもぼろが出そうだニャ~)
「ふむ……。なるほどね」
「はい。それであの、わたし、こうなっちゃうと歯止めがきかないといいますか」
「うん」
「えっと、だからその……」
「つまり、今みたいな状況になると、周りが見えなくなるわけでござるな?」
「……暴走しちゃうわけねん」
ルーベンダイクとジュナがそう訊ねる。
「そ、そういうことになります」
「ふうん」
ジェイクはうなずく。
メティオが、
「……たしかにさっきの動きは、まるでネコみたいだった」
と言う。
「ああ」
ジェイクはそれからこう続ける。
「そして滅茶苦茶に強かったよ」
た、耐えた?
わたしはジェイクの様子を窺う。
ジェイクはまだ腕組みをしたまま、考え込んでいる。
それから、ぱっと顔を上げ、
「まあ、それはそれとして」
と前置きしてから、言った。
「全員が避難したか確認して、皆をルミナスへ戻そう」
耐えたー! なんとか耐えた。
わたしは、ため息をつく。
「このままここで夜を明かすより、その方がいいわねん」
ジュナがうなずく。
「残念だが、今回の学外授業はここまでだな」
ルーベンダイクも言う。
「……同意」
とメティオ。
「みなさん、大丈夫ですか!?」
と息を弾ませながら走ってきたのは、ガルバルド先生だ。
「クラーケン――『海の王』を、よく倒しましたね……」
感心しきりの先生に、
「先生、生徒たちの安全を確認次第、ルミナスへ帰りましょう」
ジェイクが事情を説明する。
「……わかりました。では、エスノザ先生とユナユナ先生にもそうお話します」
「お願いします」
◆
避難した生徒たちの元へ戻ると、わたしたちは、全員で手分けして点呼を取り、みんなの安全を確認する。
幸い、誰も欠けることはなかった。
「いったい、何があったんだ?」
「魔物が出たらしいぞ」
生徒たちの間では、さまざまな噂が飛び交っている。
「クラーケンが出たって話だ」
「まさか! あれは深海に棲んでる魔物だ」
「ほんとよ! 私、見たもの」
生徒たちは興奮して、声が大きくなる。
「イェルサの稲妻が、その魔物と戦ったのか?」
「すげぇ、さすがSランクパーティだな!」
どんどん話はヒートアップしていく。
そんなみんなを、
「みなさん、静かに!」
「喋ってないで、早く乗りなさい!」
エスノザ先生とユナユナ先生が一喝する。
落ち着かない様子のまま、皆は馬車に乗り込んだ。
空はもう白み始めている。
「ぼくはもう少しここに残って事後処理をしていくよ」
ジェイクが言う。
「この近くの街のギルドに、クラーケンが現れたことを報告しないとね。やっぱりあれをそのままにしておくわけにもいかないし」
ジェイクはクラーケンの亡骸のほうを親指で指す。
「……もう食べなくていいの? ミオン」
メティオが言う。
「え?」
わたしは、にゃあ介がクラーケンの足にかぶりついたことを思い出す。
「あ、あれは、ほら。ネコ化のやつだから」
(そう言われると、もう一度食べたくなってきたニャ)
「いいから!」
たしかに、炎で焼かれたクラーケンは、イカ焼きみたいにホクホクしてておいしそうだけど……。
「クラーケンを食べたのですか!?」
ガルバルド先生が目をまんまるにして驚く。
わたしは慌てて、
「いや、あの、ほんのひと口だけですから」
と、よくわからない言い訳をする。
「『海の王』を食すとは……」
ガルバルド先生はぶつぶつと呟く。
わたしたちがそんなやりとりを交わす中、ジェイクが頃合いを見て、言う。
「――じゃあ先生、あとはよろしく」
「わかりました。ジェイク殿もお気をつけて」
「ええ。ギルドへ報告して、あいつの片付けを終わらせたら僕も戻ります」
ガルバルド先生はうなずくと、
「……では、帰りましょう」
馬車へ乗り込み、
「……ルミナスへ!」
号令をかける。
銀色の馬たちが、いっせいにいななく。
夜明けとともに、馬車は海岸を出発した。




