第二十五話 試験までの五日間
わたしは、試験の日までを過ごす宿を探すことにした。
当日、遅刻するのが怖いので、少しでも近いところ――と探していると、学校から15分のところに小さな宿を見つけた。宿泊費が安くて、入学資金のために節約したいわたしにとっては助かる。
うん、お部屋もいい感じだ。
「よし! これで受かったも同然ね」
(何でそうなるニャ)
「さてと……試験の日まで、どうすればいいんだろう?」
わたしは持ち物・服装の3番を思い出した。
「当日は動きやすい服装で来ること」
(「動きやすい」と指定するからには、「動く」のだろう)
「やっぱり実技試験もあるってことだよね」
今のわたしの知識では、ペーパーテストにはほとんど期待できない。なにせこの世界に来たばっかりなのだから……。
合格するには実技にすがるしかない。
(だが、やれることはやっておく方がいいニャ)
「うん」
ただ、勉強するためには参考書がいる。
「それじゃいっちょ、トレーニングがてら、街を走りますか」
走りながら街を散策し、参考書を売っているお店を探すのだ。
体を動かしていれば、不安も多少やわらぐだろうしね。
◆
街の家々は、壁が白くて清潔だった。それからオレンジに統一された屋根の色のトーン。
細い道が何本も延びていて、適当に走っていると、迷子になっちゃいそう。
でも、全部の道を探検したくなるくらい、どこもかしこも絵になっている。
そんなことを考えながら走っていると、いつしか、屋根の色が緑色に変わっている。
ここはどうやら商業地区みたいだ。家の前では、ところどころに人が出て呼び込みをしている。
「うー、おいしそう……」
(こらミオン、探してるお店が違うニャ)
フラフラと果物屋さんに近寄っていくわたしをにゃあ介がたしなめる。
わたしは片っ端からお店を回ってショッピングしたい、という誘惑と戦いながら、道を走り続けた。
「あ」
次にわたしが見つけたのは冒険者ギルドだった。
情報を集めるのにはうってつけの場所。ここで本屋さんの場所を聞いてみよう。
周りと同様の白壁の建物に、ギルドバッジに描かれたマークの看板がかかっている。
サンエルモントやポートルルンガのギルドと比べたら小さいかな。
「こんにちは……」
「学園都市ルミナスの冒険者ギルドへようこそ!」
わたしが中へ入ると、元気な声が飛んできた。受け付けで、もじゃもじゃ頭の太った女性がニコニコとこちらを見ている。
「あ、どうも……」
「冒険者の方ですか?」
「はいあの、ちょっと酒場の人たちにお話を伺いたくて」
「そうですか、それではどうぞごゆっくり!」
その女性にぺこりと頭を下げて、わたしはギルドの右奥へと向かった。
今までのギルドと同じように、丸テーブルがいくつか置かれた酒場で冒険者風の人たちがたむろしている。
酒場も一回り小さめなのは、学生が多いからだろうか。
「すみません……」
わたしは気の良さそうな初老の男性に話しかけた。
男性は、肩に大きな剣を担いでいる。結構な年に見えるけど、こんな大剣振り回せるのかしら。
「何だい?」
「あの、ちょっとお訊ねしたいんですけど……この辺に、本屋さんってありませんか?」
「本! 本かい、お嬢ちゃんが?」
男性はさもおかしそうに言うと、
「お嬢ちゃん、誰かの使いで本を探しているのかい?」
「いえ、受験勉強のために本が欲しくて……」
「はっはっはっ、そりゃ豪気じゃのう。本っていうのは、酷く高価な物で、一冊買うのに金貨の一枚や二枚じゃきかないんだよ」
「え……」
「本を置いてる店なんてのは、お貴族様向けの高級愛好品店ぐらいじゃろう」
わたしはがっくりと肩を落とす。
「魔法学校の図書室には、本があるらしいけどのう」
「そうなんですか……」
それじゃだめなんだよね。入学するために勉強したいのに……。
「ありがとうございました」
わたしはトボトボとギルドを後にした。
しばらく、ショックを引きずっていたわたしだったが、気持ちを切り替えて走ることにした。
勉強ができないなら、もう、実技に賭けてトレーニングするしかない。
試験まで、とにかく身体を鍛えよう。
気合を入れて走り出した。
しばらく行くと、目の前に高い塀が現れた。
右を見ても左を見ても、白い壁に阻まれて、進むことができない。
仕方なく、来た道を引き返そうとするわたしだったが……
(待て、ミオン)
にゃあ介が呼び止める。
「にゃあ介?」
(まだ分かってないようだニャ。この壁くらいなら、飛び越えられる)
そんなわけないじゃない……と言いかけるが、わたしはもう一度振り返って、塀の高さを確かめる。
手を上げてべたっと壁についても、全然上まで届かない。おそらく、わたしの背丈の倍はある。
「いくら何でも……」
でも、ダメもとでやってみるか。
わたしは、壁の前で、かがみ込む。
ゆっくりと、さらに深く沈み込んで……せーの。
「ほっ」
足の力を爆発させる。内臓がフワッと涼しくなる。一気に目線の高さが上がり、景色が下に見える。
気がつくと、わたしは数メートルもあった塀の上に、トン、と着地していた。
「ウソ……」
自分の身体能力に、我ながら驚く。
塀の上から見下ろすと、反対側には赤い屋根が並んでいる。
どうやらここは工業地区。赤い屋根屋根からは、にょきにょきと煙突が伸び、空に向かって白い煙を吐き出していた。
わたしは塀から工業地区側へ飛び降りる。
ストッとおりて、わたしはまた塀を見上げた。
「この高さから着地しても、足、全然平気だ……」
ホントに、わたし、ネコみたい。
そして、また走り始めた。
とにかく街が美しくて、いくら走っても飽きなかった。
そんな風にしてひたすら走った五日間。
気がつくと、試験当日の朝を迎えていた――。




