第二百五十八話 クラーケン3
砂に足を取られて転びそうになる。
必死でバランスを取りながら、わたしは走った。
リーゼロッテの隣へ来ると、わたしはセレーナを下ろす。
「セレーナ」
セレーナからの反応がない。
「セレーナ!」
わたしはセレーナの様子に驚いて声をかける。
「だいじょうぶ、痛みに気を失っているだけだ」
リーゼロッテが言う。
「私が治癒魔法をかける。あいつの動きを注視していてくれ」
リーゼロッテの言葉に、わたしは魔物の方を見る。
クラーケンはすでにジュナたちの方へ向かって動き出していた。
「こんのぉ……」
セレーナをやられた怒りで、わたしは拳を握りしめる。
魔力を、身体中のありったけの魔力を両手に集めていく。
「我求めん、汝の業天に麗ること能わん……ダークフレイム!」
集めた魔力を解き放つ。
わたしの放った炎の魔法は、大きな火球となり、クラーケンめがけて真っすぐ飛ぶ。
「よし、命中する!」
だが、次の瞬間、わたしは目を疑う。
クラーケンはその巨体からは想像できないほどの速さで触手を振るい、飛んできた巨大な火の玉を弾き飛ばしてしまったのだ。
火の玉は、海面を明々と照らしながら、水平線めがけて飛んでいく。
「そ、そんな……」
わたしは呆然とする。
「魔法を弾くなんて……」
「よし」
リーゼロッテの声に、我に返る。
見ると、セレーナが息を吹き返したようだ。
「セレーナ! 大丈夫?」
「ありがとう。だいぶん楽になったわ」
そう言って立ち上がる。
「さあ、反撃ね……と言いたいところだけれど」
セレーナが困り顔で言う。
「いったいどう立ち向かったらいいのかしら……」
わたしも、あの怪物を相手にどう戦えばいいかわからない。
「……魔法は全部弾かれちゃうみたいだから、接近戦で戦うしかないけれど……」
「接近戦……」
セレーナは肩を押さえ、心配そうな顔をしている。
「危険すぎるな」
リーゼロッテが言う。
「いったいどうしたらいいんだろう」
わたしは途方に暮れる。
ジェイクたちは、遠巻きにクラーケンをけん制して時間を稼いでくれている。
クラーケンの触手の届かない距離でなんとか粘っているが、それもいつまでも続けられないだろう。
「接近戦は危険、遠距離攻撃しても大したダメージは与えられない」
「じゃあ、逃げるしか……」
「それも難しいと思う」
わたしが言いかけると、リーゼロッテが口を挟む。
「どういうこと?」
「さっきの動きを見ただろう。奴はああ見えて、意外と素早い。水棲生物だから、陸では本来の力を発揮できない、そう思いたいが――」
リーゼロッテは頭を振る。
「逃げ切れるかどうか、確証はない」
わたしは丘へ逃げた生徒たちのことを思う。もしクラーケンがあそこまで追いかけてきたら、巻き添えに――
「じゃあ、どうすれば……」
打つ手なし。八方ふさがりだ。
このままじゃ、みんな……。
わたしの頭に最悪のシナリオが浮かぶ。
そのとき、声がした。
(ミオン)
わたしは、はっと顔をあげる。
そうだ。この場を切り抜ける方法があるとしたら、ひとつだけだ。
その声は言う。
いつも通りの口調が、パニックに陥りかけていたわたしの心を落ち着かせてくれる。
(久しぶりに、ワガハイの出番のようだニャ)




