第二百五十四話 緊急事態
テントから飛び出したわたしたちは、ジェイクの元へ向かう。
「早く知らせなくちゃ」
「ああ。急いだ方がよさそうだな」
一応、寝ているみんなを起こさないように、でも、最大限急いで行動する。
「何かはわからないけれど……」
「ただ事ではないわ」
わたしたちは走る。
「どこかしら?」
「野営地の森側で、見張りをしているはずだ」
リーゼロッテの言う通り、野営のテントからほど近いところに焚き火の炎が見えた。
「ジェイク!」
わたしが呼びかけると、焚き火の前にいたジェイクは振り返り、
「ああ、君たちか。今呼ぼうと思っていたんだ」
と答える。
「それじゃ……?」
「君たちも気づいたんだね」
ジェイクの周りにはイェルサの稲妻のメンバーが全員集まっている。
「眠気が吹き飛んだわん」
「緊急事態、というわけだな」
「……私はまだ少し眠い」
ルーベンダイクは、髭を気にしながら。
ジュナは髪の毛へ手をやり、メティオは瞼をこすっている。
そうだ。彼らとてSランク冒険者。異変に気づかないはずはない。
わたしはジェイクに訊く。
「いったい何が……?」
「わからない。ただ、何かが近づいているようだ」
話しながらも、すでにイェルサの稲妻の面々は武器に手をかけ、周りへ視線を走らせている。
その様子を見て、すこし不安になる。
「……まさか魔物?」
「その可能性はある」
ジェイクが答える。
「しかし、この辺りにはFランクのスライムしか出ないのは調査済みなんだが――」
と、そこまで言ったところで、大気が震えた。
「まただ!」
「なんなの!?」
わたしたち三人も、周囲を警戒しながらジェイクの元に集まる。
先ほどよりも大きな震えを感じた。
「これは……」
ジェイクは額に手を当てている。
「なんなの、ジェイク?」
「わからないが、まずいな……。このクラスの魔物だと、野営地が危ないかもしれない」
その言葉に、わたしの不安は倍増する。
「でもまだ魔物かどうか……」
「うん。だけどとりあえず、皆を起こして避難させた方が――」
ドォオオン!
今度はくぐもった大きな音を伴って、大気が大きく振動する。
「くそ、間に合わないか!」
ジェイクが剣を抜く。
「ここで応戦するしかない」
「うそでしょ」
わたしは慌てる。
「魔物が来るの? ……森から?」
海岸線の先へ目を向ける。
森は今、真っ暗で静まり返っている。
「……いや」
(ちがうぞミオン)
「え?」
わたしは森から視線をジェイクに戻し、訊ねる。
「じゃあ、いったいどこから!?」
わたしは浅い呼吸で視線を左右に振る。
野営地から森まで、海岸沿い一帯に魔物の影などなかった。
「何もいないよ!」
再び、低く大きな音が響く。
「――海鳴りだ!」
「海……?」
「あれを見て!」
セレーナが叫ぶ。
わたしは目を凝らす。
夜の暗闇の中、静かに広がる海。
星明りに照らされる、どこまでも続く、ぴん、と張った水平線。
その水平線が、歪む――。
そして、ゆっくりと盛り上がる。海面が弧を描く。
わたしは気づく。
「……こっちに来る」
海面はゆっくりとせり上がりながら、近づいてくる。
まるで巨大な何かが、陸へ向かって浮上してくるかのように。
ジェイクが言う。その声にめずらしく緊張感がこもっている。
「来るぞ」
暗い海は、もう静穏ではない。




