第二百五十話 学外授業2
みんながスライム相手に奮闘しているのを眺めていると、
「ちょっといいかい?」
ジェイクが隣に来てささやく。
「お願いがあるんだ。スライム相手とはいえ、みんな初心者だ。あまり敵の数が増えすぎたら、それとなく倒しちゃって欲しい」
そう言ってウィンクする。
わたしはうなずく。
「はい、わかりました」
リーゼロッテ、セレーナと目線を交わし、スライムの数が適当になるように目を光らせることにする。
そんなとき。
「どけ! 邪魔だ。僕にまかせろ」
そう言って、一人が前に出る。
(またあの小僧か。血気盛んなヤツだニャ)
にゃあ介が呆れたような声で言った。
ケインは鼻息荒く剣を構えると、草むらから現れたスライムに斬りつける。
「どうだ!」
真っ二つ……とまではいかないが、スライムは、ぷるんっと震えると、そのまま地面に落ちて動かなくなる。
「よし!」
嬉しそうな声をあげるケイン。
(ふむ……?)
「どしたのにゃあ介」
(この後のあいつをよく見ておけ。勉強になるニャ)
「勉強になるかなぁ?」
「ざっとこんなもんさ!」
そう得意げに言うと、ケインは右足を上げる。
動かなくなったスライムを踏みつけようとしているようだ。
「ちょっとひどいわ」
「いくら魔物相手とはいえ、やりすぎだな」
セレーナとリーゼロッテが非難のつぶやきを漏らす。
ケインは上げた右足を勢いよく振り下ろそうとする。
その途端、スライムが息を吹き返し、ケインの股間めがけて跳びあがる。
「うっ!」
急所を押えてうずくまるケイン。
「うわぁ……」
股間を押えてぷるぷると震えている。
その姿はまるで、トイレに行きたくて我慢している小学生のようだ。
わたしは哀れみと同情の混じった目で見るが、
「自業自得ね」
「うむ」
セレーナとリーゼロッテの視線は冷たい。
スライムの方はといえば、元気よく跳ねまわり、他の生徒たちに追いかけ回されている。
(倒したと思っても気を抜くな。残心は大切なことニャ)
にゃあ介が言う。
「なるほど、勉強になったよ……」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるスライムを見て、わたしはやれやれとため息をつくのだった。
◆
「ふぅ」
ジェイクは腕を組んで生徒たちの様子を見守っている。
「これで、みんな戦い方を覚えただろう」
スライムを追い回していた生徒たちは疲れ果て、休憩して汗を拭ったり、座り込んだりしている。
怪我をして、エスノザ先生に回復魔法をかけてもらっている生徒もいる。
スライム相手といえど、初心者にとってはそれなりに危険な魔物なのだ。
その様子を見渡してジェイクが言った。
「それじゃあ今日はこのあたりで終わりにしようか」
ガルバルド先生も言う。
「みなさん、おつかれさまです。あとは自由時間にしましょう」
生徒たちからは、安堵の声が上がる。
「やっと終わった」
「もうダメだ」
「お腹空いた」
みんなそれぞれ、思い思いのことを口にする。
ケインはというと、
「ふん、もう終わりか。僕はまだ余裕があるぞ」
偉そうにそう言い放つ。
肩で息をして、股間を手で押さえながら。
◆
森から出て、海岸近くの広場に戻ってきたわたしたちは、ジェイクから今後の予定を聞かされた。
「しばらく自由時間の後、野営のための準備をするから、また集合してもらうよ」
生徒の一人が手を上げて質問する。
「先生、何のために野営を行うんですか?」
ジェイクは答える。
「この合宿の目的は、野外での宿泊に慣れることもあるんだ。夜中に魔物に襲われたときに、素早く対応できるように備えておく必要がある」
「夜中に魔物と戦うんですか?!」
「いいや」
ジェイクは微笑む。
「ただの心構えとしての話さ」




