第二百四十七話 大富豪
馬車は南東めがけてひた走る。
「こんなにたくさんの馬車が並んで走ってるさまは、ちょっと壮観だろうなあ」
わたしは窓のカーテンを開けて、外を眺める。
ルミナスの街道沿いに、ずらりと並んだ馬車の群れ。なんだか圧巻だ。
家から出てきて、この光景を眺めて驚いている人の姿も見える。
だがそれも一瞬のこと。異世界の馬アルジェンタムは風のように駆け、あっという間に風景を置き去りにする。
わたしたちが乗った馬車も、みるみると速度を上げていく。
「やっぱり速いなあ」
わたしがつぶやいていると、隣の席に座っていたリーゼロッテが、羊皮紙を手に、なにやら読んでいる。
「何読んでるの?」
「ん? ああ、期末試験の勉強をな」
「え! まだだいぶん先のことだよね?」
「そうか? このくらいから準備するのは普通だろう」
「普通じゃないよ。それに、こんなに揺れる車内で勉強しなくても……」
「あら」
向かいの席のセレーナが言う。
「早くなんてないわ。私もそろそろ準備を始めようと思っていたところよ」
「…………」
(多数決でミオンの負けニャ)
「少数派の意見も重要なの!」
せっかくの学外授業なのに、馬車の中でも勉強なんてつまんない。
言ってみれば、ここは修学旅行の新幹線の中みたいなものだ。
となると……
「そうだ、ゲームやろうよ、ゲーム!」
わたしは布袋の口を開き、ごそごそと中を漁る。
カードの束を取り出すと、それを見たリーゼロッテが興味を惹かれたのか、訊いてくる。
「ああ、ミオンがせっせと作っていたやつか。いったいどうやって使うんだ? それは」
「うーん、色々あるんだけど……そうだ、大富豪やろう!」
「大富豪?」
「うん、ゲームの名前。とりあえずやりながら教えるね」
わたしは自作のカードを二人に配っていく。
「こうやって数字の小さい順に手持ちのカードを出していって……」
「ふむふむ」
二人にゲームのルールを説明しながら、一通り実演してみせる。
「……で、先に手札がなくなった人の勝ち!」
「なるほど」
「だいたいわかったわ」
「ちなみにドベの大貧民になったら、次のゲームで1位の大富豪にいちばん強いカードをあげなくちゃいけないの」
「いちばん強いカードを? それはちょっと酷くないかしら」
セレーナが言うと、
「面白いじゃないか、現実と同じで。貴族は平民の糧を吸い上げて潤っているわけだし、社会の構図を反映したゲームというわけだな」
リーゼロッテの言葉にセレーナはちょっとムッとして、
「私は、好きで貴族に生まれたんじゃないのよ」
「ちょっとちょっと、話が脱線してる! さあ、本番やるよ!」
◆
「……ううう、おかしい」
わたしはがっくりと頭を落とす。
ぷるぷると震える手にはたくさんの手札が握られている。
「なかなか戦略的で面白いゲームじゃないか」
ゲームの結果は、リーゼロッテ8勝、セレーナ2勝、わたしは――0勝。
「ぐぐぐ……百歩譲ってリーゼロッテには勝てないとして、セレーナにも1勝もできないなんて」
わたしはぐずる。
「わたしだけ大貧民ばっかり! いいカード全部とられちゃうんだもん」
「理詰めで攻めれば確実な勝ち筋が見えているのに、豪快に決めようとして負けていたぞ」
「え、確実に勝てる場面もあったの? わたし」
固まっていると、
(気づいていないところがまさに大貧民たる所以ニャ……)
「結構性格が出るわね、このゲーム。ミオンは派手な立ち回りを狙いすぎなのよ」
「だって、大富豪のだいご味といったらかくめーでしょ!」
「もっと堅実な攻めをしたらどうだ?」
(先、先を読んで手札を切らなくてはならニャいのは、戦いに通じるところもある)
「一発逆転ばかり狙っていたら、勝てるものも勝てないわ」
みんなに言われ、わたしは「むー」と膨れる。
「いーやちがう! だってセレーナには手札に強いカードばっかいってたもん! なんかあやしい……さては!?」
「さては、何なのよ」
(……やれやれニャ)




