第二百四十一話 エルフの財宝
「うあー、きもち悪い!」
わたしは思わず叫ぶ。
管だらけの、大目玉。その見た目に足がすくみそうになるけど、わたしは頭を振る。
「だけど……幽霊じゃないなら、こわくない……わぁ!」
どさり、と音を立て、魔物が床に降り立つ。
壁の魔物が、封印を破って完全に抜け出てきたのだ。
ゆっくりと魔物が頭部(目玉)を持ち上げる。
足らしきものが何本か生えていて、魔物は隠し部屋の床に自分で立ちあがった。
その大きな目が、こちらをじろりと睨みつける。
魔物が、身体の周りの管を振った。
と思うと、ちいさく「プッ」と音がして、何かが飛び出してきた。
「あぶない!」
間一髪でそれを避けると、頬をかすめて飛ぶ。
魔物の体液らしいそれは、わたしたちが入ってきた扉に当たった。
見ると、何やら煙のようなものが上がっている。
「気をつけろ、酸だ」
リーゼロッテが言う。
隣を見ると、セレーナはすでに剣を構えている。
「行くわよ」
魔物はセレーナの剣に気づき、ぎょろりと目を向ける。
セレーナが敵の近くへ踏み込む。
魔物は垂れ下がった管をしならせ、攻撃してくる。
「ヤッ!」
セレーナが剣を薙ぐと、触手のような管は、いとも簡単に切断される。
――が。
「いけない!」
リーゼロッテが警告する。
セレーナは慌てて飛びすさる。
さっきまでセレーナがいた場所から、酸の煙が上がる。
切断した管の根元から、酸を噴出している。
セレーナは剣を構えたまま、わたしの隣へ戻る。
「うかつに近寄れないわ」
「やっかいだね」
その間にも、魔物は無数の管を振って酸を飛ばしてくる。
それを避けるので、けっこう精いっぱいだ。
わたしたちは距離をとり、弓と炎の魔法で応戦する。
「文字通り、手数が多いな」
「触手を斬っても埒が明かニャい。弱点を見抜くことも重要だと、前にも言っただろう?」
にゃあ介の助言に、わたしたちはうなずく。
「セレーナ、合図したら敵に向かって走れ。援護する」
リーゼロッテが言う。セレーナは黙ってこくりとうなずく。
「ミオン、パラライズウインドを」
わたしはリーゼロッテの隣に立って、魔力を練る。
リーゼロッテは矢を握って引き絞り、この距離から弓を射る構えだ。
準備ができたのを見計らって、リーゼロッテは右手を離す。
矢が飛ぶ。大きな目玉に突き刺さる。
「グギャアァッ!」
魔物は奇怪な叫びを上げて、管を鞭のように振り回す。
大量の酸の体液がこちらへ降り注ぐ。
「いまだ!」
わたしは魔力を解き放つ。
「パラライズウインド!」
風の魔法が追い風となって吹き抜ける。
巻き起こった突風が酸を吹き飛ばす。
酸は横殴りの雨となり、魔物自身へと降り注ぐ。
魔物は自分の体液をかぶり、
「ギィイイッ」
とうめいた。
セレーナは走り出している。
パラライズウインドの風を追い、敵へ向かって駆ける。
その動きは滑らかで速い。
「セイッ!」
セレーナの剣が、大目玉を切り裂く。
さらに、返す刀でもう一度。
「グォオオオッ」
魔物は苦痛の悲鳴を上げ――
絶命した。
◆
「ミオン、ビューイングを」
「え」
リーゼロッテに言われ、わたしは躊躇する。
「いつか役に立つことがあるかもしれない。一応ビューイングしておいてくれ」
「ええー」
魔物は魔石化してしまったので、もうその姿は見えないが、今一度思い返してもグロテスクな生き物だった。
「やだなあ。あんな気持ちの悪い魔物を使役するなんて……」
ぶつぶつ言いながら、わたしは仕方なく魔石に手をかざし、ビューイングを唱える。
「う!」
目玉の化け物の思念が流れ込んでくる。
「おえっぷ」
ビューイングによる戦いのこころの保存が終わると、気を取り直して、わたしは宝箱へ近づく。
「さーて……それじゃあ、開けるよ?」
宝箱の前にひざまずく。
「気をつけろよ。なにか罠が仕掛けられているかもしれない」
「う、うん」
わたしは緊張の面持ちで、宝箱の蓋に手をかける。
鍵がかかっているか、とも思ったが、箱はゆっくりと開いていった。
そして――
「あれ?」
わたしは失望する。
「……空っぽだ」
金銀財宝を期待していたのに、宝箱には何も入っていない……
「よく見るニャ。何か入っているニャ」
にゃあ介がわたしの肩にぴょいと乗り、言う。
「あ、ほんとだ」
宝箱の中には、ひとつだけ、そっけない銀色の玉がぽつねんと置かれていた。




