第二百四十話 封印
ただの壁だと思っていた場所に、扉が出現する。
両手に力を込めると、ゆっくりと開いていく。
「あった……隠し部屋」
扉の向こうには、暗闇が広がっていた。
よくわからないが、小さめの教室ひとつ分の空間はあるだろうか。
「入ろう」
わたしたちは三人揃って中へ入る。
窓もない部屋だ。
はじめは目が慣れなくて真っ暗だったが、やがて部屋の真ん中にある台座のようなものの上に、古ぼけた燭台があるのを見つけた。
わたしはそれを手に取って、炎の魔法で明かりをつける。
部屋の壁には、妙な模様が一面に刻まれていた。
右隅の方から燭台で照らしながら、その模様を確認する。
炎の光にぼんやりと浮かび上がるそれは、文字みたいにも見えた。
「なんだろう、これ……」
「結界の紋様だ」
リーゼロッテが言う。
「え?」
「この部屋に張られている、強力な魔法の障壁だ」
「そんなものがどうして……」
そう言いながら、明かりを左の方へ向けていく。
燭台の明かりが、部屋の壁を照らしていく。
結界の紋様は、壁じゅうびっしりと描かれているようだ。
わたしは部屋の左隅へ目をやって……、
「きゃーっ!」
また悲鳴を上げた。
◆
わたしが取り落としそうになる燭台を、セレーナが受け止める。
「あぶないわ、ミオン」
「あ、あれ!」
わたしは部屋の左奥を指さす。
そこには、壁から半分飛び出した、奇妙な生き物の姿があった。
まるで、壁の中から出てこようとしているみたいに、それは必死にもがいていて、ときどき「うーっ」とか、「ぐおぉ」という声を上げている。
「何、あれ……」
「魔物だわ」
セレーナは燭台を台座へ戻す。
「声の主はこれだったのだな」
リーゼロッテは落ち着いている。
「おそらく、かなり昔にこの部屋に封印されたものだ。この壁の紋様は、あの魔物を封じ込めるために刻まれたのだろう。その封印が何かの理由で解けかけているようだ」
「何かの理由?」
「もしかして……」
とセレーナが言う。
「去年、火事が起こったのって、ちょうどこの下の階あたりじゃなかったかしら」
「そうだったな。それもあるかもしれない」
「あ、あれ見て!」
わたしは魔物の下を指さして叫ぶ。
そこには、幅1.5メートルほどの箱が置かれている。
よく見ると、その側面には微細で手の込んだ装飾が彫り込まれている。
古びてはいるが、間違いない。あれは……
「たたた、宝箱だよ!」
わたしは興奮して唾を飛ばす。
「あの中に、エルフの財宝が……!」
「まて!」
リーゼロッテが宝箱に駆け寄ろうとするわたしを制する。
壁の魔物が、呻く。
魔物の周りで、触手のような管がうごめいている。
自分の身体を壁から押し出そうと、必死でもがいているようだ。
魔物には見覚えがあった。
大きな目玉が一つだけあって、その周りにたくさんの管が垂れさがっている。
その一本一本が、蛇がうねるように動いている。
「あれって……」
グロテスクな魔物に、おののきながら思い出す。
間違いない。
それはガルバルド先生の魔物学で、教室の前に貼ってある紙に描かれた目玉の化け物だった。




