第二百三十九話 壁の中
「ええっ!?」
わたしは動揺を隠せない。
「ほ、本当に聴こえたの?」
うなずくセレーナの顔は、薄暗い廊下でもわかるほど青い。
「あっ、また聴こえた……!」
セレーナの顔はどんどん青くなる。
リーゼロッテは壁際へと駆け寄ると、べたっ、と壁に耳をつける。
「……確かに聴こえる。どこからだ?」
「近いわ……」
リーゼロッテは壁際に張り付くようにして、声の元を探す。
「やはり、この壁の向こうのようだ」
「でも、ここに扉はないわ。いったいどうやって……」
わたしはちょっと離れたところから、二人の様子を見ている。
「聴こえないもん。全然、聴こえないもん」
「ミオンも壁に耳をつけてみろ」
「やだもん。絶対つけないもん」
わたしは両手を握って駄々をこねる。
そのとき。
「!」
聴こえた。
確かに、低いうなりみたいな声が、わたしの耳に届いた。
◆
「きゃあーっ」
わたしは悲鳴を上げる。
「帰る帰る帰るーっ!」
走り出そうとするが、にゃあ介に止められる。
「待て。まだ幽霊が出たとは限らないニャろ」
「だってだって……ひぃ~」
腰が抜けそうになりながら、わたしは壁を指さす。
「声がしたもん……」
「あるのは声がしたという事実だけ。冷静に考えるニャ。ふつう、声が聴こえただけで、それを幽霊だと思うか?」
「ううん……」
わたしは言う。
「それじゃあ……あれは幽霊の声じゃないの?」
リーゼロッテがそれに答える。
「間違いない。あれは、生きている何かの声だ」
◆
「でも……壁の中からだなんて……」
わたしはまだ怯えている。
セレーナと手をつないで、壁を見つめている。
「いったいどうなっているの?」
「壁を壊すしかないのかな」
わたしがそう言うと、
「いや、そんなことをせずとも、何かこの壁を開ける方法があるはずだ」
リーゼロッテは顎に手を当て、ぶつぶつと何かつぶやいている。
今、彼女は頭をフル回転させているのだろう。
そしてリーゼロッテは、
「……まてよ、もしや」
くるり、と振り返ってわたしの方を見ると、言った。
「ミオン、来てくれ」
「やだよー」
「いいからはやく」
気が進まないまま、リーゼロッテに背を押されてわたしは壁に近づく。
「手を壁につけて」
リーゼロッテに言われ、観念したわたしは右手を伸ばし、壁にぺたりとつける。
石の感触が手を伝わってくる。ざらざら、ひんやり。
「どうするの? 素手で壁を壊すのは、さすがに無理……」
リーゼロッテはこう言った。
「魔力を流すんだ」
◆
「魔力?」
わたしは訊き返す。
「そうだ。魔力だ」
リーゼロッテは繰り返す。
わたしは言われた通り、魔力を右手に込めてみる。
その瞬間、壁が青白く発光した。
思わず手を引っ込める。
すると光は消えた。
はっとして息を呑む。
「そう言えば……いつだったか、どこかで……」
わたしは記憶を手繰る。
「ナザーロの洞窟ニャろ」
にゃあ介の助けで思い出す。
そう、あれは、ナザーロの洞窟の最深部で。
「封印の扉……?」
あれと似たような隠し扉が、魔法学校の中に?
わたしはもう一度壁に手を触れる。
「光ったわ! ミオン、もっと魔力を込めて」
思わぬ発見に、セレーナも怖さを忘れ、多少元気を取り戻したようだ。
リーゼロッテが言う。
「さあ、ミオン、思い切ってやってくれ」
わたしは、左手も壁につけ、深く呼吸する。
体内に流れる魔力を両手に集めていくイメージ。
そして、ありったけの魔力を流す。
すると、壁全体が青く光り始めた。




